「翌日配送、もう限界かも」 現場を追い詰める物流崩壊――「翌日」にこだわる人は3割以下、それでも現場は止められないのか?
結論先送りの姿勢

物流は、ただの商売である前に、私たちの社会を支える土台そのものだ。これまで当たり前だった安くて便利な輸送サービスは、現場を維持するための蓄えをないがしろにしたまま、無理を重ねて走り続けてきた。そのひずみが今、「倒産」という目に見える形で一気に噴き出している。
人が足りないなら集めればいい、といった単純な話では解決しない。運ぶためにかかるコストを運賃に正しく乗せてこなかった、これまでの振る舞いを根本から改めない限り、たとえ黒字であっても会社が消えていく理不尽な連鎖は止まらないだろう。
物流の網が完全に切れてしまうのが先か、それとも私たちの意識が変わるのが先か。もはやのんびりと議論を重ねている猶予など残されていない。
いま問われているのは、届く速さを競い合うことではない。明日も、その先もモノが届き続けるために、この仕組みをどう守り、整えていくか。その覚悟を決めるための、重い決断の時が来ている。
最後にもうひとつ、自分自身に問い直すべきことがある。私たちは一体、何をこれほどまでに急いでいるのだろうか――。
指先ひとつで翌日には玄関先に荷物が届く。その驚異的な速さに慣れきってしまった私たちは、「待つ」という時間をいつの間にか手放してしまった。わずかな配送の遅れに苛立ち、予定通りに届かないことを「不便」と切り捨てる。
そうして便利さを追い求めるうちに、暮らしのゆとりまで一緒に削り取られてはいないか。
物流が突き当たっている行き止まりは、働き手が足りないという数字だけの問題ではない。効率の極致を目指した結果、運ぶ側の血の通った営みを想像できなくなった。社会全体の「急ぎすぎ」が生んだ歪みでもある。
届くのが数日先になる。それだけで崩れてしまうような豊かさならば、それはあまりに危うい。立ち止まって「待つ」ことを受け入れる。その小さな心の持ちようもまた、物流の網を未来へつなぐための、大切な一歩になるはずだ。