北西ヨーロッパへ侵攻 「ノルマンディー上陸作戦」成功のカギはいったい何だったのか

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「史上最大の作戦」と呼ばれる「ノルマンディー上陸作戦」では、ロジスティクスが重視された。しかしそれは、作戦成功のカギではなかったとの指摘がある。

ノルマンディーへの道――周到な計画

ノルマンディー上陸作戦開始日。1944年6月6日撮影(画像:AFP=時事)
ノルマンディー上陸作戦開始日。1944年6月6日撮影(画像:AFP=時事)

 ノルマンディー上陸作戦に際して連合国軍は、第1に、ドイツ軍が上陸地点を特定できないよう徹底して策を講じた。

 第2に、上陸作戦に先立って連合国空軍および航空部隊が実施した徹底した爆撃は、特筆に値する。これによって、ドイツ空軍をほぼ無力化することに成功すると共に、鉄道や橋梁など交通システムに対する爆撃の結果、ドイツ軍の予備部隊の移動を困難にし、最前線へのロジスティクスあるいは補給に打撃を与えたからである。

 第3に、大規模な戦力と大量の物資を数週間にわたって輸送し続けるそのロジスティクス計画、とりわけ海軍艦艇および輸送船を用いたロジスティクス・システムの充実が挙げられる。もちろんこれには、上陸用舟艇などの準備も含まれる。

 個人が携行すべき装備が多く、40kg近い背嚢(はいのう)を背負うことになった。また、実際に歩兵部隊が上陸用舟艇から降りたのは海中であり、重装備で約500mも海中および海岸を歩く必要に迫られたのである。

 この上陸作戦は、艦砲射撃や空爆の実施に際して、計画に対する厳格な時間管理が特徴であり、また、上陸用舟艇の運用などではいわゆる「ベルトコンベヤー方式」が用いられた。もちろん、細部にわたるロジスティクス計画もその大きな特徴であった。

 また、上陸部隊がドイツ軍の強い抵抗に遭遇した地点では、進軍できない兵士で海岸線があふれ、沖合では上陸を待つ舟艇による「交通渋滞」が発生したが、そうした混乱の中でもイギリス軍においては、上陸した海岸で「ビーチ・マスター」が大いに活躍した。この軍人は、いわば混雑した交差点での交通整理の役割を果たしたのであり、映画「史上最大の作戦」でも好意的に描写されている。

ノルマンディーへの道――上陸作戦後

 部隊の上陸後は直ちに、人工埠頭「マルベリー」、そして海底の石油パイプラインである「プルート」が敷設された。

 上陸作戦後の6月19日以降の暴風雨によって、2カ所の人工埠頭は破壊され、アメリカ軍地区のものは放棄されたが、イギリス軍地区のものは、その後もどうにか維持された。そしてこのアロマンシュ・レ・バンの人工埠頭からは、その後の3カ月間で約250万もの兵士が上陸しており、まさにその後のヨーロッパ大陸における戦いの大きな拠点となったのである。

 Dデー以降、引き続き連合国空軍および航空部隊は、橋や幹線道路、さらには交通システム全般の破壊に努める一方、ドイツ軍の増援を阻止するためのいわば戦術航空作戦――航空阻止および近接航空支援――に徹した。また、航空機と戦車を中核とする陸上部隊との連携も見事に図られたのである。

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