北西ヨーロッパへ侵攻 「ノルマンディー上陸作戦」成功のカギはいったい何だったのか
「史上最大の作戦」と呼ばれる「ノルマンディー上陸作戦」では、ロジスティクスが重視された。しかしそれは、作戦成功のカギではなかったとの指摘がある。
戦力の維持――人工埠頭と送油管
上陸作戦が成功するためには、上陸そのものの重要性もさることながら、兵士と物資を補充することで戦力の維持を図ることが必要とされた。そしてこれらは、基本的にはノルマンディー地方の海岸から陸揚げしなければならなかった。
人工埠頭の建造には大量のコンクリートや鉄鋼、さらには多くの作業員が必要とされたため、1943年12月にはその建造に着手した。
その一つは、アメリカ軍が上陸予定のオマハ海岸に近いサン・ローラン・シュル・メールで、もう一つは、イギリス軍が上陸予定のゴールド海岸に近いアロマンシュ・レ・バンで組み立て予定とされた。
これは、まさに技術力の勝利であった。海の上で浮桟橋を組み立てると共に、多数の老朽艦を沈め、さらにはコンクリート・ブロックを用いて波を防いだ上、人工埠頭を構築したのである。
言うまでもなく、連合国軍がイギリス本土および英仏海峡の制空権を完全に確保していた結果、イギリスの港湾および鉄道網がドイツ軍による攻撃を受けることはなかった。また、イギリス本土の南西部では、極めて効果的な完全灯火管制が敷かれていたため、人工埠頭を組み立てるための「部品(パーツ)」が攻撃を受けることもなかった。
さらには「プルート」と呼ばれる海底の送油管が敷設されたが、実際の作業はシェルブール港を占領した後に始まった。プルートは実際に20本敷設され、運用されたという。