「野生のホンダ」再起動? 14年ぶり四輪赤字が浮き彫りにした「不合理の勝機」
四輪事業が14年ぶりの赤字、1664億円の営業損失に沈んだホンダ。効率改善を掲げた2020年の「本社統合」をわずか6年で撤回し、開発機能を再び「研究所」へ分離する。EV関連で計7000億円の損失を織り込むなか、短期の合理性を捨て、中国勢に対抗すべく創業の原点である「技術の聖域」へ再起を賭ける背水の陣だ。
創業理念への回帰

本田技術研究所は、創業者の本田宗一郎氏らの意向を受け、1960(昭和35)年に設立された。当時の本田技研工業専務だった藤沢武夫氏は、研究所を本社から独立させることで、目先の業績に左右されない開発環境を確保できるだけでなく、フラットな組織運営で技術者の判断を重視できる体制を作れると考えていた。設立当初の趣旨には、開発者が市場の短期的圧力や財務上の制約に縛られず、自由に技術を追求できる場を守る意図があった。
今回、四輪車開発が再び本田技術研究所の管轄に戻ることは、創業理念への回帰として理解できる。経営から一定の距離を置くことで、短期的な収益や効率より、技術者自身の判断で次世代技術や製品開発に取り組める環境が整う。ただ、象徴的な意味合いが強い一方、この判断が四輪事業の赤字解消や市場でのヒット作につながるかはまだ見通せない。研究所の自由度は競争力を生む余地を持つが、経営側の統制や戦略との調整が不十分なら、投資効率の低下や市場対応の遅れといったリスクも伴う。
今回の移管は、短期利益や効率より、長期的な技術競争力と市場適応力の回復に賭ける選択だ。象徴性は技術者の士気や組織文化を支えるが、実際の成果は市場投入される新型モデルの性能や評価に左右される。創業理念の復権は、ホンダが競争の激しい環境で独自性を保とうとする戦略的試みでもある。