駅前再開発で消える「札幌の記憶」――文学が記録した風景はなぜ貴重なのか? 新幹線と都市再編の光と影とは【連載】移動と文化の交差点(11)

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札幌の急成長とともに変わりゆく街並みは、文学作品に色濃く刻まれている。都市の発展により失われた風景をデジタル技術で再現し、観光資源として再生する試みが注目されている。過去と未来を繋ぐこのアプローチは、次世代への新たな価値を創出する可能性を秘めている。

札幌オリンピック前の風景

1970年。札幌駅前の市電(画像:写真AC)
1970年。札幌駅前の市電(画像:写真AC)

 筆者(増淵敏之、文化地理学者)は1957(昭和32)年生まれ、札幌出身である。現在の札幌は筆者の記憶とは大きく異なり、まるで別の街が広がっているかのように感じられる。1972年の札幌オリンピック前、JR函館本線は高架ではなく、西5丁目通りから新琴似方面へ延びる市電が行き交う陸橋があった。

 筆者が現在住む埼玉県川口市にも、JRに架かる大規模な陸橋がいくつかある。かつて「おかばし」と呼ばれていたこれらの陸橋は、今ではそのようには呼ばれなくなった。鉄道で分断された町同士を繋ぐ重要な都市インフラとして、今もその役割を果たしている。

 札幌オリンピック前、札幌は現在では考えられないほど牧歌的な時代だった。市営地下鉄はまだ敷設されておらず、高層ビルもなく、狸小路のアーケードでは近隣の子どもたちが遊んでいた。オリンピックを契機に、札幌は人口100万人を超える政令指定都市となり、現在では人口減少に転じつつあるが、190万人以上の人口を抱え、東京以北では最大の都市となった。

 当時、函館本線は高架ではなく、市電が市内を縦横に走っており、その風景は多くの文学作品に刻まれている。

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