移籍トラムの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない【リレー連載】偏愛の小部屋(16)

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路面電車の「移籍トラム」は、新しい場所でも元の個性を残しながら活躍し続けている。広島電鉄や福井鉄道など、移籍した電車がどのように再生され、観光資源として利用されているかを紹介する。歴史ある車両が「里帰り」する例や、移籍先と出身地をつなぐ「動くタイムカプセル」としての役割にも触れており、乗るとその電車の長い旅路に感動すること間違いない。

やばいポイント4「里帰り」

東武日光軌道の廃止にともない1968年に岡山電気軌道に移籍したのち、東武日光駅前に里帰りした東武日光軌道109号(岡電3010号)。岡電時代(左下)は水色のチェック塗装だったこともあるが、東武カラーに復元されている(画像:若杉優貴)
東武日光軌道の廃止にともない1968年に岡山電気軌道に移籍したのち、東武日光駅前に里帰りした東武日光軌道109号(岡電3010号)。岡電時代(左下)は水色のチェック塗装だったこともあるが、東武カラーに復元されている(画像:若杉優貴)

 京都市電が廃止されてから、2024年時点で46年が経過した。これは6大都市(都電荒川線除く)のなかで最後の公営路面電車だった。多くの移籍トラムはすでに移籍先で半世紀以上働いており、出身地よりも移籍先での歴史が長い車両も少なくない。

 しかし、最近ではバリアフリーに対応した超低床型電車の普及により、残念ながら移籍トラムの廃車が相次いでいる。そのなかで、引退した移籍トラムを元の活躍場所へ「里帰り」させる動きが起こっている。

 21世紀に入ってから、長崎電気軌道から仙台市電(宮城県、1976年廃止)や箱根登山鉄道小田原市内線(神奈川県、1956年廃止)、岡山電気軌道(岡山県)から東武日光軌道(栃木県、1968年廃止)、広島電鉄から神戸市電(1971年廃止)、伊予鉄道(愛媛県)から呉市電(広島県、1967年廃止)、とさでん交通から西鉄北方線(1980年廃止)の車両が、それぞれの出身地やその近郊に運ばれ「里帰り保存」されるようになった。

 里帰りした移籍トラムのどの街もすでに路面電車が廃止されており、小田原市内線、呉市電、西鉄北方線については里帰りした車両が「唯一の現存車両」となっている。

 また、2014年から期間限定で行われた名電1号形(札幌市電22号)の里帰りも注目を集めた。名電とは名古屋電気鉄道――現在の名古屋鉄道(愛知県、名鉄)の前身で、名電1号形は今から120年以上前の1901(明治34)年に製造された。この車両は当初名古屋市内を走っていたが、大型化などにともない1918(大正7)年に札幌電気軌道(北海道、現在の札幌市電)に譲渡され、戦前に引退。保存車となった後、1960年代に復活し1977(昭和52)年まで「札幌市電22号」としてイベントなどで運行された。その後は札幌市に保存されていた。

 名電1号形が約100年ぶりに里帰りしたのは、名電の後継である名鉄が運営する歴史テーマパーク「明治村」(愛知県犬山市)である。明治生まれの電車は明治の街並みに溶け込むように展示され、札幌市交通資料館(札幌市南区)のリニューアルが完成するまでの約9年間を故郷・愛知県で過ごした。再び第二の故郷・札幌に渡った名電1号形は、2024年5月から札幌市交通資料館で公開されている。

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