都営新宿線「新駅構想」は結局消えたのか? 本八幡駅手前に位置、建設費は数百億円のドタバタ顛末

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10年以上前まで、市川市議会で議論が盛んだった都営の新宿線「新駅」。その現在とは

盛り上がりに欠ける新駅設置

新宿線(画像:写真AC)
新宿線(画像:写真AC)

 やはり「幻」で終わるのか――。

 東京都営の地下鉄「新宿線」(2000年に「都営新宿線」から単に「新宿線」へと改称)は、「都営」にもかかわらず、なぜか千葉県市川市のJR本八幡駅まで地下鉄の状態で路線を伸ばしている。

 他の都府県が運営する鉄路が(相互乗り入れではなく)隣の都府県に「越境」する例は極めてまれだ。それはさておき、以前から

「市川市内に新宿線の新駅を」

との要望が沿線住民などから出されてはいるが、何となく盛り上がりに欠ける。

 本八幡駅は同線の東の終着駅で、同駅とひとつ手前の篠崎駅(東京都江戸川区)との間は約2.8kmもある。同線の駅の間隔は1.7km以下がほとんどで、しかも1km未満がほぼ半分を占める。このため篠崎駅から本八幡駅に延伸した1989(平成元)年直後から新駅設置の声が上がっていた。

 ふと周りを見渡すと、同じ市内を走る東京メトロ(旧・帝都高速度交通営団)東西線では、1981(昭和56)年に南行徳駅、2000年に妙典駅と、新駅が次々に出現し、地域は活気づいている。「私たちもあのように発展したい」と思うのが人情だろう。

(仮称)大和田駅は文化会館のすぐそば

大和田換気所(画像:(C)Google)
大和田換気所(画像:(C)Google)

 新駅は便宜的に「(仮称)大和田駅」と呼ばれ、本八幡駅から南約1.1kmの大和田公園と大和田換気所(都営新宿線の換気設備)辺りを想定する。

 戦前から開けているJR総武線沿いや、1970年代以降急激に宅地化したメトロ東西線とは異なり、この一帯は住宅地ながらも低層の一戸建てが雑然と立ち並び、逆にマンションは少ない。しかもすぐそばを流れる江戸川の対岸は東京だ。にもかかわらず農地すら点在する。

 近隣には巨大コンサートホールで名高い市川市文化会館がある。文化都市を自負する同市にとっての「芸術の発信拠点」で、新駅が完成すればここへのアクセスも便利となり、23区はもちろん、新宿線と相互乗り入れする京王電鉄線を通じて多摩地区からも集客が可能だろう。

 同市の中心地・本八幡駅周辺と(仮)大和田駅一帯とを連動させた街づくりで、すでに巻き起こっている「沿線間競争」や「自治体間競争」を勝ち抜く上での強力なアイテムになるかもしれない。