死者346人の悲劇が変えた航空戦略――なぜ「ターキッシュ エアラインズ」は就航国数世界最多になれたのか?
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世界最多就航の強み

事故で大きなダメージを受けたターキッシュ エアラインズだが、その後もトルコの地の利を生かして国際線を次々と展開した。
1985年には大西洋横断路線や極東路線の開設が可能なエアバスA310を導入。翌1986年にシンガポール、1988年にはニューヨークへの路線を開設し、アジア、欧州、アフリカ、北米の4大陸に路線網を広げた。
この動きに合わせて1985年、イスタンブール・アタチュルク空港に情報処理センターを設置し、取引や遺失物処理の電子化で業務効率化を進めた。1989年には東京・成田空港への路線も開設し、日本市場に進出した。
その後はエアバスA340やA330を導入し、東欧の民主化と冷戦終結で移動の自由化が進む中、東欧市場が急拡大した。1990年代以降は関西空港路線(1995年開設)をはじめ、北米や極東への長距離路線が増加。機材数も2006年に100機目、2012年に200機目を迎え、大幅に規模を拡大した。
アライアンス面では、1990年代はスイス航空を中心とするクオリフライヤーのメンバーと関係を深めたが、加盟会社の破綻が相次ぎ崩壊した。2000年代にはスターアライアンスに接近し、2008年に20番目のメンバーとして加盟した。
これにともない日本での提携相手はJALからANAに変更されている。2012年からは就航国数で「世界最多」の航空会社となった。この記録は自称ではなく、ギネス世界記録にも認定されている。
2025年現在、ターキッシュ エアラインズは131の国・地域に就航している。この数は2位のカタール航空(89国・地域)を大きく上回り、欧州や中東の巨大航空会社が競う中でも際立った規模である。さらに2018年には新拠点となるイスタンブール空港が開港し、路線網のさらなる拡大を目指している。