死者346人の悲劇が変えた航空戦略――なぜ「ターキッシュ エアラインズ」は就航国数世界最多になれたのか?

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世界最多131か国に就航するターキッシュ エアラインズ。古都イスタンブールの地の利と歴史を武器に、巨大ファンドを背景に急伸する中東勢に対抗する。悲劇を乗り越え、機内食や無料ホテル提供など独自の強みで差別化を図る老舗の現在地とは。

ジェット化と国際展開の波

ターキッシュ エアラインズのロゴ
ターキッシュ エアラインズのロゴ

 ターキッシュ エアラインズは1933年、トルコ国防省の一部門として設立された。当時の機材は5機で、いずれも4~10人乗りの小型機であった。

 第二次世界大戦を乗り越え、1945年にはプロペラ機ダグラスDC-3を導入した。1947年には初の国際線としてアンカラ~イスタンブール~アテネ線を開設した。1956年、同社は法人化しターキッシュ エアラインズとなった。

 同時に国際航空運送協会(IATA)にも加盟し、本格的な航空会社として歩み始めた。1960年代にはジェット機のダグラスDC-9やボーイングB707を導入。

 この頃、ネットワークは中東および欧州各地へ拡大し、存在感を強めた。1972年にはダグラスDC-10を導入した。当時は100席ほどの小型旅客機が中心であったため、300人以上を乗せられる機材の初導入は大きな期待を集めた。

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