「紙の切符」路線に全国ICカード導入は正解なのか? 年間1.5億円の維持費負担と人口減少の壁――群馬私鉄の現実から問う
IC未導入が生む「空白地帯」

SuicaやPASMOなどの全国交通系ICカード。しかし、いまだにこれを導入していない鉄道事業者が存在する。群馬県の中小私鉄3社――上毛電気鉄道(前橋市)、上信電鉄(高崎市)、わたらせ渓谷鐵道(みどり市)は、その代表例だ。2025年現在においても、全国ICカードによる運賃決済には対応していない。
上信電鉄に限っては、路線バスで全国ICカードに対応しているものの、鉄道では未導入という“ねじれ構造”になっている。乗客の利便性を考えるならば、同県内の私鉄は一刻も早くICカード決済を導入すべきだろう。しかし現実には、導入のハードルは高く、課題は多い。
2025年、上毛電鉄は国主導のMaaS推進事業の対象に選定された。MaaS(Mobility as a Service)とは、鉄道・バス・タクシー・シェアサイクルなど複数の交通手段を、ひとつのアプリで検索・予約・決済まで一括で行える仕組みだ。利便性の向上が期待される一方で、その実現性には依然として不安も残る。
群馬県では2023年から「群馬県中小私鉄3社沿線地域交通リ・デザイン推進協議会」が立ち上がり、有識者による議論が進められている。MaaSによる鉄道・バス・タクシーなどの交通手段のシームレスな統合や、データ活用による集客・経営の効率化を目指す取り組みだ。
背景には、県内で進む人口減少と、それにともなう鉄道利用者の減少がある。交通サービスを維持するには、ビッグデータを活用した合理化が避けられない。これはすでに全国各地で進められている流れでもある。
では、ここでいうビッグデータとは何か――。全国ICカードを導入している鉄道事業者であれば、各利用者の乗車履歴をそのままデータとして活用できる。JR東日本では、Suicaで得られた情報を地域開発に応用する取り組みが進行中だ。単なる乗降記録にとどまらず、利用者の行動傾向やパーソナリティの把握まで可能になるのが、全国ICカードの強みである。
ところが、群馬県の3私鉄はそのスタートラインにも立っていない。ICカードの導入がなければ、データの蓄積も分析も始まらない。交通の将来像を描く前提条件が、そもそも整っていないというのが現状だ。