映画『ドライブ・マイ・カー』に登場 往年の名車「サーブ900」が物語るクルマ社会“一つの終焉”

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濱口竜介監督の映画『ドライブ・マイ・カー』が第94回アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞した。物語の中心的役割を担う「クルマ」の描かれ方に、過去から現代、未来へと移ろう人々と車の関係を見て取ることができる。

車を所有することの意味、その変遷

原作を収録した短編集『女のいない男たち』(画像:文藝春秋)
原作を収録した短編集『女のいない男たち』(画像:文藝春秋)

 今では珍しいともいえるこのクルマを、主人公の悠介がいかに愛しているかは、ほかの誰にも(それが最愛の妻・音であっても)運転させたくないという態度に表れている。赤いサーブ900(原作では黄色)は、ロングショットでたびたび映し出されるが、目を引く存在感を放っている。すでにブランドがなくなった旧車に乗り続けていることに、悠介の強いこだわりを感じさせる。

 燃費や整備を考えると維持費も安くはないだろうし、運転や乗り味にも独特の癖がついていることだろう。俳優であり、演出家でもある悠介にとっては、そうした趣味性や操作性の高いクルマに乗り続けるという「選択」は、文化的な営みに従事する自分の個性を演出し、上演する衣装にもなる。

 クルマを運転できる。このことは「一人前の大人」の証でもあった。

 「自動車の運転 ≒ 大人になること」への憧れがなければ、自動車学校の学費、そして自動車の購入費・維持費という高いコストはなかなか負いにくい。そのような憧れが、戦後日本の自動車産業の急成長を支えていたとも言える。

 また、そうした憧れがなくとも、運転免許証が公式性の高い身分証明書として用いられているように、「大人になったら取得するもの」という暗黙の前提もうかがえる。デファクト・スタンダード(事実上の標準)のようなものだろう。

 サーブ900がよく売れた1980年代後半のバブル期には、全国の20歳代の運転免許保有率は80%半ばとなった。また1980(昭和55)年に男性7:女性3の構成比だった免許保有率は、クルマの運転が「男らしさ」の表現のひとつだったことを表している。

 ただし、1990年代以降の免許保有率は頭打ちの状態にある。とくに東京都においては1991(平成3)年から2011年にかけて74.2%から63.5%へと10%以上低下している(『国土交通白書2013』)。10代の保有率も3~5%の低下となっており、若者のクルマ離れの根拠のひとつとされることもある。

 一方、女性の免許保有率は微増し続けており、2020年の男女比は5.5:4.5へと変化している。

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