名門スイス航空はなぜ破綻したのか? 堅実経営「空飛ぶ銀行」に起きた悲劇をご存じか

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スイス航空はかつて「空飛ぶ銀行」と称されるほどの名門だったが、1990年代の欧州航空自由化に伴う不適切な投資で破綻。提携先の経営悪化が引き金となり、最終的には2002年に消滅。教訓は、提携先の状況を慎重に見極める重要性である。

提携失敗と新戦略への転換

1979年、チューリッヒ空港でのスイス航空のダグラスDC-8-62。DC-8シリーズは1960年からスイス航空に就航していた(画像:RuthAS )
1979年、チューリッヒ空港でのスイス航空のダグラスDC-8-62。DC-8シリーズは1960年からスイス航空に就航していた(画像:RuthAS )

 1970年代に米国で始まった航空自由化の流れは、1990年代に欧州にも広がった。これにより、ライアンエアーやイージージェットなどのLCCが台頭してきた。

 しかし、スイス航空は評判のよい会社ではあったものの、エールフランスやブリティッシュ・エアウェイズ、ルフトハンザ・ドイツ航空といった欧州のメガキャリアと比べると規模が小さく、競争上の不利な要素が多かった。

 そのため、1990年代以降、他社との提携を進め、航空連合を形成することで生き残りを図った。1993年には

・オーストリア航空
・KLMオランダ航空
・スカンジナビア航空

とともに「アルカザール」を形成しようと動いていた。また1996年、

・シンガポール航空
・デルタ航空

と提携し、初の航空アライアンス「グローバル・エクセレンス」を設立した。

 しかし、前者は各社の折り合いが合わず、構想段階で頓挫してしまった。また、後者との提携も結束が弱く、3社はそれぞれ他の航空連合と提携を始めたため、アライアンスは空中分解してしまった。その後、1990年代後半には、マッキンゼーの指導のもとで

「ハンター戦略」

と呼ばれる経営戦略を実施し、大手他社との提携ではなく、欧州内の中小規模の航空会社への出資や買収によってシェア拡大を図ることにした。具体的には、

・サベナ・ベルギー航空
・AOMフランス航空
・TAPポルトガル航空
・LOTポーランド航空

などに資本参加を行った。

 さらに、資本参加した航空会社やオーストリア航空とともに、マイレージプログラムを基にした航空連合「クオリフライヤー」を設立し、スイス航空はその盟主として生き残りを目指すことになった。

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