新幹線が停まるのに、埼玉「本庄早稲田駅」がいまいち栄えていないワケ 開業20年なのになぜか
本庄早稲田駅は、早稲田大学と密接に結びついた歴史を持ち、地域振興や新幹線利用の拠点として重要な役割を担っている。しかしイマイチさえないのはなぜだ。
政治に翻弄された駅開発

ちょっと寂しいものになった理由はなんだろうか。
本庄早稲田駅は立地面では優れた駅である。かつて整備予定地にあった無料駐車場はなくなったものの、駅周辺には駐車場が多く、ここから新幹線に乗り換えて出掛けるパークアンドライドを想定すれば利便性はピカイチだ。そうした駅のため、埼玉県北部はもちろん、利根川を挟んだ伊勢崎市周辺までの広い地域をカバーしている。
ところが、駅周辺の開発は後手に回った。駅開業当初こそ、本庄市に経済効果はあった。それまで売れ残っていた市内の産業団地も駅開業後には完売した。住宅の開発も増加し、乗降客を目当てにタクシー会社の新規参入もあった。
しかし、駅周辺の開発は遅れた。駅周辺の約154haの土地では、大型商業施設を含む開発を計画していたが2005(平成17)年になり、計画を当初の3分の1に縮小したいと市に申し入れている(『朝日新聞』2005年6月21日付朝刊)。
これは、政治によって作られ、政治に翻弄(ほんろう)された駅の結果である。
この開発は「地域振興整備公団」が担い、400億円以上の大規模プロジェクトとされていた。ところが、駅の工事が進んでいた2001年に誕生した小泉内閣は、改革の一環として公団を廃止。事業に着手する前に、担い手が消滅し仕切り直しになってしまったのだ。
事業は「都市再生機構」に引き継がれたが、機構は公団と違い自前で事業費が出せなかった。そのため、計画を縮小せざるを得なかった。駅開業当初に示されていた高層ビルが立ち並ぶ「本庄新都心」の風景は幻となったのである。