徳川家康が死を覚悟した「神君伊賀越え」 400年前の“逃避行”をご存じか【連載】江戸モビリティーズのまなざし(12)
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江戸時代の都市における経済活動と移動(モビリティ)に焦点を当て、新しい視点からそのダイナミクスを考察する。
徳川家康の受難・神君伊賀越えとは
NHK大河ドラマ『どうする家康』放映に伴い、家康ゆかりの愛知県岡崎市や、静岡県浜松市が盛り上がっている。愛知県には、約393億円の経済効果を及ぼすとの試算もあるほどだ(三菱UFJリサーチ&コンサルティング/名古屋観光コンベンションビューロー調べ)。
そうした経済効果が見込める地域に、京都府の南部に位置する京田辺市や宇治田原町もある。以前に比べて観光客が増えているという。
岡崎や浜松は家康が住んだ城がある「都市」であるため、盛り上がるのも分かるが、こちらは生駒山などが連なる「山地」が少なくない場所だ。それにもかかわらずにぎわうのは、「神君伊賀越え」といわれる家康の重大事件に、深く関わったエリアだからだ。