「9連休でも帰省しませんでした」 LINEで両親の顔が見えるのに「わざわざ帰る」意味はあるのか? 令和の人間関係を考える

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9連休でも6割が「予定なし」。年末年始の帰省は、もはや当然の行動ではなくなった。平均予算は約4.8万円と減っていないが、混雑や負担を避ける選択が広がる。移動の意味が変わるなか、日本社会とモビリティ経済はいま大きな転換点に立っている。

スマホが書き換えた親族関係の前提

現代の帰省イメージ。
現代の帰省イメージ。

 スマホの普及は、

・離れて住むこと
・親族であること

の意味を大きく書き換えた。前稿の読者から寄せられた多くの声を手がかりに、その変化の中身を整理する。

 かつて帰省は、「元気な姿を直接見せること」自体に価値があった。対面での確認が、家族関係を維持するための重要な機会だったからである。だが現在、日常の様子はLINEやSNSを通じて継続的に共有されている。

 離れて暮らすことは、もはや情報の断絶を意味しない。私たちはデジタル上で常につながりながら、物理的な接触だけを先送りにしている状態にある。情報が日常的に更新される環境では、混雑する時期にあえて移動する合理性は、以前より厳しく問われるようになったのだ。

 こうした環境変化は、共働き世代の行動にもはっきり表れている。読者コメントの中で最も共感を集めたのは、働き方と帰省の両立の難しさだった。夜遅くまで働く共働き世帯にとって、大型連休は生活を立て直すための貴重な時間である。

 義実家で一定の役割を果たすより、自分の家の掃除や整理に時間を使いたいという声は珍しくない。常時連絡が取れる環境が前提となった結果、限られた物理的時間は、親族への形式的な配慮よりも、日常生活の維持や立て直しに優先的に使われるようになっているのだ。

 変化は帰る側だけではない。SNSは、これまで表に出にくかった受け入れ側の負担も可視化した。布団の準備や食事の支度、光熱費の増加といった負担は小さくない。帰省は嬉しいが、終わると安心するという本音も共有されるようになったのである。かつての正月は、こうした無償の労力によって支えられていた面がある。

 近年増えているホテル宿泊型の帰省は、関係を希薄にするための選択ではない。物理的な集まりにともなう負担を抑え、親族関係を長期的に維持するための現実的な調整策といえよう。

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