日韓ショートクルーズが映す“対馬経済”の実態! 「韓国人観光客依存」と人口減少が浮かび上がらせる島の課題とは

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韓国・釜山と対馬を結ぶ高速船の再開で、対馬の韓国人観光客数は年19万人に回復した。人口2.5万人の離島経済は、江戸時代の朝鮮通信使以来、日韓交流に大きく依存しており、現代も国境の島の生き残りを映す。

朝鮮通信使行列復活

対馬(画像:写真AC)
対馬(画像:写真AC)

 厳原には2泊した。筆者が島を離れる翌日から2日間、「対馬厳原港まつり」が行われる予定で、町には幟が無数に掲げられていた。かつてこの祭りは「厳原港まつり対馬アリラン祭」と呼ばれていた。

 祭りの主催団体は1980(昭和55)年、目玉企画として朝鮮通信使行列を導入した。朝鮮通信使行列は、江戸時代に李氏朝鮮から対馬藩を経由し、江戸に向かった外交使節団を再現する行事である。韓国から舞踊団や高校生を招き、島民と合わせて約300人が伝統衣装を身にまとい、島の中心部を練り歩く。パレードは人気を博し、1988年には朝鮮民謡「アリラン」を祭りの名称に加え、「厳原港まつり対馬アリラン祭」として開催されてきた。

 しかし2012年、対馬観音寺の観世音菩薩坐像が韓国人窃盗グループによって持ち去られ、韓国から返還されなかった。この事件を受け、対馬側は態度を硬化させた。祭りの主催団体は抗議の意を示すため通信使行列を中止し、祭りの名称から「アリラン」を削除したのである。

 それでも朝鮮通信使行列はわずか1年で復活した。行列開催で協力する韓国の団体「釜山文化財団」が韓国政府に仏像返還を働きかけてくれたこともあり、再開が決まった。対馬では行列再開に対する抗議はほとんどなかった。「行列がない祭りは寂しかった」という声もあったが、国境に浮かぶ対馬にとって、韓国は大切な隣人であり、日韓関係悪化は島民の生活にとって死活問題だからである。

※仏像は2025年5月、13年ぶりに対馬観音寺に返還された。

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