地方交通の雄「十勝バス」 労使最悪&破綻寸前からの大復活はいかに成し遂げられたのか

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地方のバス会社の好例として注目される帯広市の十勝バス。労使関係が最悪だった同社が復活を遂げた背景には一体何があったのだろうか。

北海道帯広市のバス会社

十勝バス(画像:池田町観光協会)
十勝バス(画像:池田町観光協会)

 昨今、地方のバス会社について語ろうとすれば、たいてい景気の悪い話題ばかりになってしまう。路線は減少し、わずかな本数のバスにも乗客はいない。本業は赤字まみれで、自治体の補助金でなんとか路線を維持しているといった話ばかりだ。

 ただそんな地方のバス会社にも、工夫を重ねて存在感を強めているところがある。北海道の中東部にある帯広市に本社を置き、路線バスを中心に、都市間バス、福祉ハイヤー事業などを手掛けている十勝バスだ。

 長らく減収の続いていた同社だが、2012年3月期に40年ぶりの増収を達成。コロナ禍では減収になったものの、2019年3月期まで毎年増収を継続している。

 そんな全国から注目を集めている同社について調べてみた。

約40年で利用者「8割減」

十勝バスの利用者(画像:Merkmal編集部)
十勝バスの利用者(画像:Merkmal編集部)

 十勝バスの創業は、今から約100年前の1926(大正15)年。帯広市でも老舗の企業だが人口減少とともに利用者も減り続けていた。

 ピークの1969(昭和44)年には年間2300万人だった利用者数は、2006(平成18)年には83%減の390万人まで減少している。言わずもがな

「激減」

という言葉でも足りないくらいの数字だ(『北海道新聞』2021年5月28日付朝刊)。

 減収が続く中、会社の雰囲気も最悪だった。

 同社では、1990年から再建計画として130人の社員を削減。その後も賃金や手当の削減などを続けた。

 結果、労使関係も悪化し、1995年には臨時社員制度の導入をめぐって労使交渉が決裂しストライキも行われている(『北海道新聞』1995年5月24日付朝刊)。