1994年「海底火山の大噴火」 虚偽通報が暴露した、海上保安庁・メディアの大混乱

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海上の緊急通報「118番」のうち、実に約99%が緊急性を欠く迷惑通報で占められている。2024年には第3管区海上保安本部管内だけで約16万9,000件の通報が寄せられたが、その多くが無言電話やいたずらであり、現場の資源浪費を招いている。1994年の明神礁虚偽通報事件は、こうした問題を象徴的に示した。

明神礁の正体

明神礁の位置(画像:(C)Google)
明神礁の位置(画像:(C)Google)

 明神礁は伊豆諸島南部に位置する海底火山で、須美寿島の北約50km、ベヨネース列岩の東約10kmにある。火山本体は「明神海山」と呼ばれ、直径約7~10kmのカルデラを持つ活発な火山活動地帯だ。東京からは南方420kmの距離である。

 1952(昭和27)年9月17日、焼津港の漁船が噴火を目撃し、その後の海上保安庁の観測により「明神礁」と命名された。火山活動は極めて激しく、これまでに何度も標高200~300m規模の新島が出現しては崩壊・消滅を繰り返してきた。

 こうした一時的な新島は、国際法上の領有権争いの起点になりうる存在であり、冷戦期には米国、ソ連、中国などの艦船が周辺海域を頻繁に航行する事態も発生していた。断続的に海水の変色や噴煙が確認されており、海上保安庁や研究機関による地形調査が複数回実施されている。1980年代以降も熱水活動や噴気が続いており、明神礁はいまも活動を続ける現役の海底火山である。

 1952年9月の噴火の報を受けた海上保安庁は、調査団を急遽編成した。団長を務めたのは、東北大学理学部教授でサンゴ礁研究の第一人者・田山利三郎測量課長。中宮俊海象課長を含む水路部の精鋭が同行し、測量船「第五海洋丸」で現地に向かった。出航前、隊員たちは

「明神礁に一番乗りして溶岩、硫黄、軽石を採取してお土産にする」
「意外な発見があるかもしれぬ」

と、新たな知見への期待を口にしていた。しかし、現地海域に到達したはずの第五海洋丸は、突如として消息を絶った。

 捜索の結果、周辺海域で船体の破片が発見された。調査船は海底火山の噴火に巻き込まれ、遭難したとみられる。火山調査中の船が火山活動により遭難するという事例は、前例がない。以降の火山・海底調査において、安全管理の教訓として語り継がれることとなった。

 現在も東京都江東区の海洋情報資料館には、遭難者を追悼する「五海洋会館」が設けられている。

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