百貨店の顔だった「エレベーターガール」、彼女たちはいつその姿を消したのか? 背後にあったさまざまな歴史とは

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エレベーターガールの誕生と進化は、モビリティ技術の進展と密接に関係している。1929年に上野松坂屋で初めて導入され、その柔らかな接客スタイルは全国の商業施設に広がった。自動ドアの導入によって操作が容易になると、エレベーターガールは単なる運転手から「顔」としての役割を果たすようになり、顧客体験を向上させる重要な存在になった。

エレベーターガール消滅の真相

 1990年代に入ると、状況が一変した。バブル経済の崩壊後、長引く不況の影響で多くの企業がコスト削減を迫られ、エレベーターガールの存在が経費の無駄として見直されるようになったのだ。

『朝日新聞』1997(平成9)年9月10日付の朝刊では、当時のエレベーターガールの状況が次のように報じられている。

・高島屋:日本橋高島屋のみ。1996年開店の新宿店には配置せず
・三越:日本橋本店に配置。一部を除き自動運転に
・東急:日本橋店に土日や催し物のときだけ配置

記事によると、日本百貨店協会のアンケートでは「百貨店になくてもいいと思うサービス」として、エレベーターガールが

・過剰な接客
・過剰な包装

に次いで挙げられた。このように、時代の変化にともない、エレベーターガールは無駄な存在と見なされ、徐々に姿を消していった。

 元祖エレベーターガールの上野松坂屋も、2007年にその配置を廃止した。また、百貨店以外では名古屋市の中日ビルにエレベーターガールが存続していたが、最終的には中日劇場の公演日のみの配置に縮小され、2018年の建て替えを機に完全に廃止された。

 このように、エレベーターガールは1990年代以降、合理化や効率化が重視される風潮の中で次第に姿を消していった。

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