百貨店の顔だった「エレベーターガール」、彼女たちはいつその姿を消したのか? 背後にあったさまざまな歴史とは
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エレベーターガールの誕生と進化は、モビリティ技術の進展と密接に関係している。1929年に上野松坂屋で初めて導入され、その柔らかな接客スタイルは全国の商業施設に広がった。自動ドアの導入によって操作が容易になると、エレベーターガールは単なる運転手から「顔」としての役割を果たすようになり、顧客体験を向上させる重要な存在になった。
エレベーターガール誕生の背景
そのようななか、1929(昭和4)年4月に上野松坂屋で日本初のエレベーターガールが導入された。これを報じた『読売新聞』1929年4月8日付の朝刊には、次のように記されている。
「アメリカでは、エレヴェタアはみんな女が運転しているし、別にむつかしいものではないので、女店員の中から希望者を募ったところみんなやりたいという者ばかりでその中から適当な人を選び練習させたものの由。練習といっても松坂屋で備えつけたオチスのエレヴェタアは扉の開閉が自動的になっていて、きちんと停まるところにとまらなければ戸が開かなくなっているし、故障などの際には電気の専門の人にまかせればよいので素人にも容易にできる」
この記事から、エレベーターガール導入の背景には、
・自動ドア
・安全停止機能
などの技術が進化し、エレベーターの安全性が向上したことがわかる。つまり、エレベーターガールの誕生は、単なる人員配置の変更ではなく、
「モビリティ技術におけるイノベーション」
とその普及の結果であるといえる。
さて、このエレベーターガールは非常に好評だった。『読売新聞』の記事には、
「満員です、と断っても男のそれとはあたりがやわらかなのでお客に感じがよい」
と、率直な感想が掲載されている。また、『東京朝日新聞』1931年7月15日付の朝刊でも、同様の記述が見られる。
「男のエレベーター係は邪険で不親切だと悪かった評判が、彼女等の出現で小言のこの時も出なくなったものだ」
このように、男性のエレベーター係よりもエレベーターガールの方が人気があったため、さまざまな施設でエレベーターガールの導入が急速に進んでいった。