今の自動車業界に「圧倒的に足りないもの」とは何か?【リレー連載】本田宗一郎「わからないからいい」を再考する(2)

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わからないからいいんだね――。日本自動車界の伝説・本田宗一郎は、生前のテレビ番組で「無知の知」を説いた。現代社会は合理化が進み、物事の予測可能性は上がった。そしてビジネスマンは知識武装し、SNSは「知」と自己顕示欲に満ちている。そんな今こそ「無知の知」に立ち返り、知の傲慢と対峙すべきではないか。

自動車業界へのメッセージ

日本人として初めて米国の自動車殿堂入りし、記者会見する本田宗一郎・本田技研最高顧問(東京・大手町のパレスホテル)。1989年12月25日撮影(画像:時事)
日本人として初めて米国の自動車殿堂入りし、記者会見する本田宗一郎・本田技研最高顧問(東京・大手町のパレスホテル)。1989年12月25日撮影(画像:時事)

「わからないからいいんだね。もし僕がわかるようなことをしていたら、若い連中はボンクラですよ。(中略)僕もわからんようなことをやってるから、私はうれしくて、希望に燃えているわけです」(フジテレビ系「今夜は好奇心!」1992年8月に放送分「夏休み人物伝1 本田宗一郎 挑戦と成功」より)

 100年に一度といわれる変革期を迎えている自動車業界に身を置く者として、ホンダ創業者・本田宗一郎が遺したこの言葉を、筆者(小城建三、自動車アナリスト)は重く受け止めている。本田宗一郎の「無知の知」の精神である。

「無知の知」とは、古代ギリシャの哲学者ソクラテスが提唱した概念で、自らの無知を認識することを指す。自分の知識や理解の限界を認識し、「私は何も知らない」という姿勢を持つことが、学び続けることにつながり、より深い理解を求める姿勢を育み、知識を向上させると考えられている。

 新しい分野や課題に対して無知であるがゆえに生まれる柔軟性や創造性――。自らの無知を自覚し、学び続ける姿勢は尊いといってよい。

 本田宗一郎は、1989(平成元)年に日本人として初めて米国自動車殿堂入りを果たした、日本自動車界における伝説的な人物のひとりである。本田の自動車開発に対する情熱は他の追随を許さず、その激しい性格は明治生まれ(1906年)の職人そのものである。

 そうした彼の振る舞いを、コンプライアンス規制の厳しい現代に当てはめてみると、このような人物はもう現れないのだろうかと、なんだか昭和が懐かしくなる。本田の言葉は、現在の自動車業界全体へのメッセージとも受け取れるのではないか。

「わからないからいいんだね」に、本田の深い洞察が込められている。無知という名の知を大切にする彼に倣って、

「今の自動車業界に圧倒的に足りないもの」

は何かを考えてみた。

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