知の傲慢と対峙する「無知の知」とは何か?【リレー連載】本田宗一郎「わからないからいい」を再考する(1)

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わからないからいいんだね――。日本自動車界の伝説・本田宗一郎は、生前のテレビ番組で「無知の知」を説いた。現代社会は合理化が進み、物事の予測可能性は上がった。そしてビジネスマンは知識武装し、SNSは「知」と自己顕示欲に満ちている。そんな今こそ「無知の知」に立ち返り、知の傲慢と対峙すべきではないか。

晩年の名言

日本人として初めて米国の自動車殿堂入りし、記者会見する本田宗一郎・本田技研最高顧問(東京・大手町のパレスホテル)。1989年12月25日撮影(画像:時事)
日本人として初めて米国の自動車殿堂入りし、記者会見する本田宗一郎・本田技研最高顧問(東京・大手町のパレスホテル)。1989年12月25日撮影(画像:時事)

 本田技研工業という名前を知らない人はいないだろう。クルマ、モーターサイクル、そしてさまざまな産業機械を手がけている。そして、そのカリスマ的創業者の名前が本田宗一郎であることも。

 少し前のことだが、筆者(矢吹明紀、フリーランスモータージャーナリスト)は調べ物で、ホンダに関する過去のインターネット動画を検索していた。その過程で、過去に放映されたテレビ番組を見つけた。番組名は「今夜は好奇心!」(1990年4月から1994年9月までフジテレビ系列で放送された情報番組)である。

 過去の有名人や出来事をわかりやすく検証する歴史エンターテインメントだ。その番組で取り上げられたのが本田宗一郎だった。宗一郎が亡くなってちょうど1年後の1992(平成4)年8月に放送されたもので、サブタイトルは「夏休み人物伝1 本田宗一郎 挑戦と成功」だった。動画を見ているうちに、だんだんと過去の記憶がよみがえってきた。

 番組の特徴は、単なる歴史上の人物の解説にとどまらず、映像が残っている限り「本人の発言映像」を多く取り上げることだった。何事もそうだが、本人の言葉には何物にも代えがたい重みがある。本田宗一郎がまさにそうだった。

 番組では宗一郎の名言が数多く紹介されたが、最も印象に残ったのは、晩年のインタビューでの言葉だった。

「わからないからいいんだね。もし僕がわかるようなことをしていたら、若い連中はボンクラですよ。(中略)僕もわからんようなことをやってるから、私はうれしくて、希望に燃えているわけです」

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