大火のたびに屈せず復興 「日本の底力」は江戸時代から学べ【連載】江戸モビリティーズのまなざし(17)
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- 江戸モビリティーズのまなざし, モビリティ史, 道路
江戸時代の都市における経済活動と移動(モビリティ)に焦点を当て、新しい視点からそのダイナミクスを考察する。
町人の積極的な参加

防火対策について、もうひとつ触れよう。
JR神田駅の近くに「神田八丁堀跡」の解説板がある。これは、明暦の大火の後、防火のために築かれた八丁(約870m)の土手があった場所だ、1691年(元禄4)年に完成した。
千代田区の文化財ウェブサイトによると、
「町人たちが自ら費用を負担して堀を開削した」
とある。防火対策が庶民にまで浸透していたことをうかがわせる。なお、神田八丁堀は1950(昭和25)年に埋め立てられ、今は存在しない。
これはすなわち、明暦の大火を機に、江戸の町が官民共同の復興事業によって、変貌していったことを意味していよう。災害が起きるたびに改善が行われ、街が様変わりしていくのは、江戸時代も現代も変わらない。
歴史学者・土木工学者の竹村公太郎は著書『広重の浮世絵と地形で読み解く江戸の秘密』(集英社)で、こう述べている。
「オフィスビルや住宅が密集している現在の東京は、その過密ぶりで、明暦の大火が起きる直前の江戸の姿と、とても似ている」
いつ来てもおかしくないといわれる首都直下型大地震と、それに伴う対策・復興の原点を、江戸時代はわれわれに語りかけている。
●参考文献
・広重の浮世絵と地形で読み解く江戸の秘密 竹村公太郎(集英社)
・家康の都市計画 谷口榮(宝島社)
・歴史都市防災論文集 Vol.9 江戸の火災とその避難路に関する研究(立命館学術成果リポジトリ)