大分空港「ホーバークラフト」は交通網再整備の旗印となるか? 2009年廃止からの復活、コロナ後の活躍に期待集まる
2009年10月に廃止された、大分空港と大分市内とを結ぶホーバークラフト(ホバークラフト)航路の再開準備が進められている。その歴史を振り返る。
時代にもまれた大分ホーバーフェリー

全国で最後に残ったのが、冒頭の大分ホーバーフェリーが運行する大分空港と大分市内とを結ぶ航路だった。
この航路は、1971(昭和46)年に現在の大分空港が建設された際に新設された。陸路では別府湾沿いに迂回するのに対して、航路は湾を横断できるため約25分で移動ができた。その利便性の高さから、大分ホーバーフェリーには大分交通と日本郵船に加えて、大分県が資本金の9%を出資していた。
ところが、1990(平成2)年のピーク時に約43万人だった利用客数は、2003年以降は30万人程度に減少、さらに世界的な景気後退が重なり乗客が減少していった。
もともと空港アクセスが目的だったが、大分空港が2002年に大分自動車道と接続すると、陸路を迂回しても空港と大分市内を約1時間まで移動できるようになった。このため待ち時間や乗り継ぎの利便性から陸路をバスで移動する人が増加し、ホーバークラフトの優位性は低下した。
2008年には空港利用者の乗船割合は
「14.6%」
まで低下。赤字を抱えた同社は民事再生手続きを開始し、2009年10月31日をもって廃止された。
その後、所有していた船体は売却され、2012年に熊本県の八代港で3隻が無残な様子をさらしていることが報じられた。2015年になって、解体された船体の一部が大分県内の愛好家のグループである「ホーバー継承の会」に形見分けされた。こうして、大分空港ホーバークラフトの歴史は幕を閉じた。