ポツンと一軒駅「JR岐阜羽島」の謎! 駅前には元自民議員の像&不釣り合いな広い道路 「政治駅」のウワサは結局本当か

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夢の新幹線が開通したにも拘わらず、駅周辺がまったく発展せず「なんでこんなところに駅が」とされるところは多い。その象徴が東海道新幹線の岐阜羽島駅である。

夢と消えた「100万都市構想」

岐阜羽島駅前にある道幅の広い道路(画像:(C)Google)
岐阜羽島駅前にある道幅の広い道路(画像:(C)Google)

 元国鉄総裁の仁杉巖(いわお)は生前のインタビューで、

・国鉄が鈴鹿山脈の長大トンネルを避け、用地買収の少ないルートと駅位置を決定した
・大野からは「岐阜県を通るのに、駅がないのはけしからん」と迫られたものの、国鉄が示した駅の位置には「あまり細かいことはいわんよ」と口を挟まなかった

ことを証言している。

 では、なぜ大野だけが政治で駅を持って来た人物とされ、岐阜羽島駅が「政治駅」とやゆされるようになったのか。それはどうも、駅ができた時点での理想と、その後の現実の落差があまりにも大きかったことが原因のようだ。

 岐阜羽島駅を降りると、駅前に道幅の広い道路が存在するのが目に付く。これは、岐阜羽島駅が決定した当時の羽島市長・堀順一の構想によって建設された。

 駅の決定とともに羽島市では「100万都市構想」がぶち上げられた。岐阜羽島駅が岐阜県の玄関口となることをもくろんだ構想は壮大だった。岐阜市までは幅100mの直線道路を建設し、モノレールで接続。駅前には3万坪の敷地を確保して、東京駅前の丸ビルを越える「マンモスビル」を建てる。ビルの屋上にはヘリポートも――。

 まるで夢のような構想だが、現実味があったのか、市役所には開発業者や進出をもくろむ企業からの問い合わせが相次いだ。しかし、堀は新幹線開通前の市長選で落選してしまう。さらに、駅周辺では発展を見込んで地価が高騰、駅開業を前にした区画整理も行えなくなってしまった。

 結果、長らく田んぼの中に駅があるという、悲惨な姿をさらすことになった。同じく田んぼのなかにできた駅の新横浜駅は、港北ニュータウンや横浜市営地下鉄の建設で順調に発展し、早い時期にひかり停車駅に格上げされた。現在は岐阜羽島駅にもひかりは停車するが、新横浜駅と異なりいまだにのぞみは停車しない。

 このことが、岐阜羽島駅が「政治駅」とされ、今なお「なにもない駅」呼ばわりされてしまう決定的な理由だろう。今後も駅ができる地域では夢のような未来が語られるだろうが、いったいどんな現実に直面するのか。なかなかお寒いような気がする。

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