トラックユーザーから「メーカー企業」へ大転身! 乗りやすさを追求した男たちの数奇な運命とは
日本の流通トラックの成功例としては、オート三輪や軽貨物車などが挙げられる。ではアメリカの場合はどうか。トラック輸送大国らしい誕生の仕方をしたふたつのメーカーを紹介しよう。
欧米を股に掛ける全米最大のメーカーに
1942年に新しく「フレイトライナー」という車名とともにリリースされることとなったコンソリデーテッド・フレイトウェイズのトラックは、ごく初期にファジールをコピーしたボンネット型のコンベンショナルが少数製造されただけで、最初からその生産車のメーンはキャブオーバーだったのが特徴である。
フレイトライナーはキャブオーバーであることを強い武器に、次第に全米を対象に販路を拡大していった。
1951年からは、歴史ある大手トラックメーカーだったホワイトと販売チャンネルをシェアしたことで、フレイトライナーのディーラー網は大幅に拡大。企業価値はさらに高まった。
ホワイトとの協業は1970年代半ばまで継続され、その後1981年からはドイツのダイムラーベンツの資本参加を受け入れ、グループ企業となった。
現時点でのフレイトライナーは、ヨーロッパとアメリカを股に掛けつつ南米やオセアニアもターゲットとした、押しも押されもせぬ全米最大のトラックメーカーである。