トラックユーザーから「メーカー企業」へ大転身! 乗りやすさを追求した男たちの数奇な運命とは

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日本の流通トラックの成功例としては、オート三輪や軽貨物車などが挙げられる。ではアメリカの場合はどうか。トラック輸送大国らしい誕生の仕方をしたふたつのメーカーを紹介しよう。

米トラック業界を率いる企業に成長

 1939年、ピーターマンによるトラックメーカーは、新しい「ピータービルト」という名称とともに営業を開始することとなる。そのものズバリ、ピーターマンが作ったという意味を込め、スペルをやや手直しした社名だった。

 創業後のピータービルトは、ファジール譲りの頑丈さと優れた品質を高く評価され、またたく間にアメリカ西海岸を代表するトラックメーカーとして地位を固めていくこととなった。

 1941年以降から1945年までは、アメリカの第2次世界大戦参戦とともに本業のトラック製造から軍需品の生産へとスイッチを余儀なくされたものの、戦争終結後は、新たにトラック製造に参入することとなった鉄道車両メーカー パシフィックカー&ファウンドリーからのオファーを受けて、同じく西海岸を本拠地としていたトラックメーカー ケンワースとともにそのグループ企業となった。

 以降、ピータービルトとケンワースは同じパシフィックカー&ファウンドリー改めパッカーの一員として、アメリカのトラック業界をけん引する企業として現在に至っている。

 この成功の背景にあったのは、当初の林業に特化した頑丈なトラック作りを心掛けるというシンプルな目的から、早い時期に総合トラックメーカーへの脱却を図った経営判断に他ならない。

 パッカーグループへの参入も含めて、ピーターマンの哲学を引き継いだ経営陣の素早い決断が功を奏したということであろう。

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