「ANAだと思って乗ったのに」わずか2年で消えた新ブランドの教訓――LCC再編とブランド戦略の課題とは

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2024年に運航を始めたエアージャパンがわずか2年で終了した背景を軸に、機材調達の難しさやブランド設計の課題、LCCとフルサービスの境目が薄れる世界的な流れ、さらに航空業界の次の競争軸が機材開発へ移りつつある現状を、国内外の事例とともに追う。ユナイテッド航空CEOの発言やサウスウエスト航空の変化、ZIPAIRや新興機体メーカーの動きも交え、業界転換の全体像を描く。

エアージャパン最終便の出発

筆者が当日撮影した様子(画像:前林広樹)
筆者が当日撮影した様子(画像:前林広樹)

 2026年3月28日。筆者(前林広樹、航空ライター)は成田空港第1ターミナルから、エアージャパンの最後のソウル行きNQ121便に搭乗した。ANA系の中距離路線を担う格安航空会社(LCC)として、2024年2月9日に運航を始めてから、わずか2年あまりでの運航終了となる。その最後の日を迎えるにあたり、空港のチェックインカウンターや搭乗口では「Last Flight」と記した特別な案内が出されていた。

 搭乗口には、ソウル行きを担当するB787-8(JA802A)が待機していた。搭乗開始後まもなく機内へ入った。機内は日本人の若いグループを中心に、多くの利用者でにぎわっていた。この日のソウル行きは、筆者の目視ではあるが搭乗率は8~9割ほどに達していた。

 最後の便ということもあり注目度は高いが、一時は搭乗率が5割前後にとどまり、採算が厳しいとみられる状況もあった。そうした経緯を踏まえると、運航開始から2年で利用状況は持ち直したといえる。

 NQ121便は成田空港を午前9時51分に出発した。飛行中、上空からは富士山がよく見え、日本列島を眺めながら西へ向かった。機内では最終便の乗客を対象に、記念のステッカーや搭乗証明書が配られた。最後の一便ならではの対応であった。

 座席の間隔は広めで、他のLCCと比べても余裕を感じるものだった。画面は備え付けられていないが、ゆったりと座ることができ、案内冊子や雑誌を読みながら過ごすには十分な環境であった。LCCというより、かつてのANA国内線に近い印象を受けた。その後、ソウルの仁川国際空港には午後0時17分に到着した。使用されていたB787-8(JA802A)は、そのまま折り返しのNQ122便を最後に、エアージャパンとしての運航を終えた。

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