「オッサンが軽自動車に乗ってたら恥ずかしいですか?」 20~30代女性の4割が示した“拒絶”と、実利を重んじる価値観の地殻変動
恥の議論の終わり

今後10年ほどで、「恥ずかしいかどうか」という議論そのものが、過去の遺物となっていくはずだ。電気自動車へのシフトが進めば、排気量で車の格を分けるという発想自体が成り立たなくなるからだ。モーターが主役となる時代、これまでの区分は都市での移動に最適化された形へと姿を変え、ガソリン車時代の物差しは通用しなくなる。
若い世代の「クルマ離れ」は加速する一方だ。都内在住者の67.6%、地方でも47.6%が自覚ありと答え、特に地方では2022年比で2倍超にまでその意識が広がっている(「KINTO」2026年3月24日発表)。もはや車は「持っていて当たり前」の存在ではなくなった。一方、年配の世代も、もはや見栄ではなく運転支援などの安全機能に金をかけるようになる。車は「自分を誇示するための道具」から「身を守るための道具」へと、その役割を劇的に変えつつあるのだ。
移動のサービス化が加速し、所有から利用へと軸足が移るなかで、車は個性を競う対象ではなく、いかに時間を有効に使うための道具であるかが問われるようになる。現に、車の持ち方は「現金一括購入」が都内・地方ともに4割台でトップを維持しつつも、都内を中心にサブスクリプションの利用が増えている。サブスクの検討意向にいたっては、都内84.4%、地方66.6%と、いずれも2022年比で2倍以上の高水準に達した。「所有」という重荷を下ろし、必要な時だけ賢く使う。そんな合理的な感覚が、世代を問わず浸透し始めている。
1966年に約223万台だった軽自動車は、2025年には約3190万台にまで膨らんだ。この数字の推移は、日本人が
「日々の暮らしのなかで合理性を積み重ねてきた証」
でもある。もはや車のサイズは恥の対象ではなく、どれだけの空間を占有するかという選択の問題にすぎない。人口が減り、共有の仕組みが当たり前になるほど、移動手段に自分の体面を投影する考え方は薄れていくだろう。
結局のところ、大人が軽自動車に乗ることを恥ずかしいと感じる意識は、かつての古い価値観に縛られているにすぎない。自分の生活に馴染む道具を選び、手入れを惜しまず使い倒す。
「お金を賢く使いながら豊かに暮らすことが、今の日本で一番いい状態だ」
というコメントが示すとおり、その落ち着いた選択こそが、今の時代にふさわしい成熟した姿なのだ。