なぜ地方の施設は「クルマでしか行けない場所」にできるのか?―――「免許がない人 = 客ではない」ということ? 東京都民が知らない地方の現実とは
地方の大型施設は、広大な駐車場と車での来場を前提に立地を決める。2026年の国内旅行消費16兆円を前に、効率と収益を優先する現実が、鉄道利用者やインバウンドを市場から遠ざけている。
郊外立地の利益と代償

立地を決める場面では、目先の利益を取るのか、それとも将来の広がりを見据えるのか。このふたつの間で判断を迫られることになる。
郊外に拠点を置く利点ははっきりしている。土地の取得費を抑えやすく、広い駐車場を確保できる。広い範囲から車で来る客を呼び込みやすい。
「どこに建てても、結局は車の客しか来なくなる」
そんな声が出るのも無理はない。経営者の目には、車で来る客に絞る方がいちばん確実に映る。
ただ、その選択には別の面もある。公共交通で動く人やインバウンド、そして車を持たない若い世代は、客の想定から外れてしまう。今の経営を安定させる代わりに、これから広がるかもしれない市場を手放す判断でもある。
「完全なクルマ社会だから、免許を持たない人の存在が見えない」
そうした指摘は、地方の意思決定のあり方をよく表している。車を運転しない人は、最初から市場として数えられていない。
駅前に拠点を置く案が理想に近いのは確かだ。だが、実際に進めようとすれば費用も時間も大きく膨らむ。結果として、
「免許がない客は客ではない」
という状態が生まれる。これは運営側の理解不足というより、収益を最大化しようとする判断の帰結だろう。
今すぐ稼げる形を優先するのか。それとも将来の客との関係を残しておくのか。地方の立地判断には、こうした重い対立が横たわっている。