「目立つのもしんどい」 シーマ現象から40年! 誰もが選ぶ大衆車が“正解”になった根本理由――なぜ個の突出は“重荷”になったのか

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バブル期の大衆車が「無難」とされていた評価は逆転した。所得停滞と車両価格上昇でリスク回避志向が強まる中、2025年の上位10車種が全体の2割を占める市場集中は、安心と信頼を示す合理的選択としての大衆車人気を浮き彫りにする。

評価が反転した理由

日産・初代シーマ(画像:日産自動車)
日産・初代シーマ(画像:日産自動車)

 近年、Z世代(1990年代半ば~2000年代初頭に生まれた世代)を中心に1990年代のファッションや音楽、ライフスタイルが注目されている。当時はバブル経済の絶頂期で、日経平均株価は1989(平成元)年12月末に最高値の3万8915円を記録した。国内の車両産業も頂点にあり、乗用車の生産台数は1000万台近く、販売は500万台を超えていた。

 市場では1.5~2.0リッタークラスのセダンやコンパクトカーといった大衆車が販売の大半を占めていた。その代表はトヨタ・カローラやホンダ・シビックだったが、当時の評価では

「無難」
「個性が欠けている」

と見なされることも少なくなかった。「大勢と同じものを選ぶこと」は一方向的な流行への同調と受け取られ、主流から外れることに価値を見出す風潮が、大衆車の評価を押し下げていたのである。

 それから「失われた30年」が経過した。日経平均株価は2024年2月にバブル期の最高値を更新し、現在では5万円を超えて高騰を続けている。世の中の価値基準も大きく変化し、1990年代にはありふれた存在として切り捨てられた大衆車は、旧車ブームの影響もあって高く評価されるようになった。今では

「合理的で賢い選択」
「失敗を避ける安心な選択」

として肯定される対象となった。

 以前は評価が低かった、誰もが選ぶモデルが、今では正解として認識されるに至り、評価の逆転現象が起きている。この転換は、長い年月をかけた技術の進歩や燃費改善など性能面の向上によってもたらされた側面もある。しかしそれ以上に、車両から得られる心理的な満足の基準が変化したことが大きく影響している。

 情報が細分化され、個人の嗜好が多様化した今、誰もが知っており、誰もが選んでいるという事実が、かつての没個性という評価を脱ぎ捨て、分断された社会をつなぐ共有体験としての価値を持つようになった。

 本稿では、大衆車の評価が転換した要因を検証し、30年余りの時を経て価値が逆転した背景を行動経済学の視点から読み解く。

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