「目立つのもしんどい」 シーマ現象から40年! 誰もが選ぶ大衆車が“正解”になった根本理由――なぜ個の突出は“重荷”になったのか
バブル期の大衆車が「無難」とされていた評価は逆転した。所得停滞と車両価格上昇でリスク回避志向が強まる中、2025年の上位10車種が全体の2割を占める市場集中は、安心と信頼を示す合理的選択としての大衆車人気を浮き彫りにする。
所得停滞と価格上昇

2000年代以降の日本は、「失われた30年」と呼ばれる長期停滞の中にあった。実質賃金は伸びず、可処分所得の増加が見込みにくい生活環境が定着した。一方で、安全装備の義務化や高度な電子制御の導入、排ガス規制への対応によって、車両本体価格は緩やかに上昇してきた。
具体的な数値を見ると、ふたり以上世帯の就労世帯平均可処分所得は、1997(平成9)年の49万7063円を頂点に長く下降し、2024年にようやく52万2569円となった。この20年余りの伸び率は5%程度にとどまり、停滞が明確になっている。
さらに深刻なのは、車両価格と所得のバランスの変化である。車両価格を平均可処分所得で割ると、1990年は2.94だったが、2024年には
「7.18」
まで上昇し、差は2.4倍以上に広がった。30年前には所得の約3倍で購入できた車両が、今では7倍以上の負担となった。車両がかつての耐久消費財から、家計を長期的に拘束する重い資産へ変わったことを意味する。
行動経済学の視点では、人間は同額の利益よりも同額の損失をより強く感じる。家計が圧迫される状況では、この損失回避の心理が一段と強く働く。所得の停滞と価格の上昇が同時に進む中で、購入判断におけるリスク許容度は著しく低下した。
もはや他人と違う個性を求めて割高な選択をしたり、不確実なモデルに手を出したりする余裕は失われた。失敗を回避することを最優先する消費行動が主流となり、無難とされる大衆車を選ぶことが、家計を守る合理的で防御的な行動として受け入れられる土壌が整った。
かつて差異化がステータスだった時代は過ぎ去り、今はリスクを最小化する選択が、賢明な生存戦略としての価値を持つようになっているのだ。