「EV = 走るスマホ」という表現は正しいのか?――ネットの定番フレーズを“冗談半分”で検証してみた
EVは「走るスマホ」と呼ばれるが、産業構造や責任範囲はスマホとは大きく異なる。テスラとトヨタの戦略対比を通し、情報化と物理的制約の狭間で揺れるEV産業の実態を検証する。
公共財と個人財の違い

製品として両者を比べると、EVは公共空間を走る耐久財である。基本的な役割は移動手段にあり、エンジンやハイブリッドといったパワートレインの違いを超えて共通している。
道路という社会共有のインフラを利用しながら動く存在だ。一方、スマホは個人が所有する消費財であり、基本OSやアプリを更新しながら使われる。本来の役割は通話だが、ショッピングや決済など多様な機能を備え、生活に欠かせない存在となった。
事故や故障の影響を比較すると、両者の性格の違いがはっきりする。スマホの不具合は個人の問題にとどまることが多いが、EVの場合は所有者にとどまらず、第三者や社会の基盤に影響を及ぼす可能性がある。数tの質量が高速で移動するという事実は、他者の生命や財産に直接的なリスクをもたらす。この挙動を管理する責任は、利便性の範囲を超えて社会全体に及ぶ義務でもあるのだ。
こうした公共性の存在は、安全基準や法規制、責任の範囲すべてに影響を与える。EVがさらにデジタル化を進めても、社会を支える物理的な存在としての性格が揺らぐことはない。