“西武王国”崩壊から20年――「鉄道は所沢、経営は都心へ」 沿線の常識を捨て、あえて拠点を切り分けた33年目の決断

キーワード :
,
西武グループは1986年に所沢に本社を移転後も、本店所在地は池袋の旧本社ビルのままだった。2019年、持株会社や不動産・ホテルの主要3社が「ダイヤゲート池袋」に移転し、約400人のスタッフが池袋へ戻った。沿線と全国の現業部門を踏まえた本社最適化で、池袋・所沢の2拠点体制が定着した。

「西武王国」の2拠点体制

西武HDなどグループ3社が本社を構えるダイヤゲート池袋(画像:銀河鉄道世代)
西武HDなどグループ3社が本社を構えるダイヤゲート池袋(画像:銀河鉄道世代)

 西武グループと聞くと、一定世代以上には、オーナー経営者の堤義明氏が築いた「西武王国」の印象が強く残る。グループの源流は不動産会社・箱根土地にあり、義明氏の父・康次郎氏が基礎を築いた。義明氏はそれを継承し、昭和後期から平成初期にかけて、プリンスホテルの全国展開や球団経営などを推進し、バブル期に事業の絶頂を迎えた。

 しかし2004(平成16)年、義明氏は総会屋への利益供与事件をきっかけとする一連の不祥事で失脚する。堤一族による間接的な株式保有を通した同族支配は終わりを告げた。

 その後、西武グループは同族経営を脱し、みずほ銀行出身の後藤高志氏(現西武HD会長)が主導してグループを再編した。米投資会社サーベラス・グループが一時的に筆頭株主となったが、既に株式は売却され、現在は普通の企業グループとなっている。この流れは多くのメディアや書籍で報じられており、今では歴史的過去の出来事となった。

 西武グループは2019年春、所沢に集約していた本社機能の一部を池袋に移転した。対象は持ち株会社の西武HD、中核企業の西武不動産、プリンスホテル(現西武・プリンスホテルズワールドワイド)である。一方、西武鉄道は引き続き所沢に本社を置き、現在も運営している。

 移転当初、一部の地元では

「所沢の空洞化」

を懸念する声があった。しかし、西武グループと住友商事が大型商業施設などを整備したことで、現時点では大きなまちへの影響は見られない。

 西武HDなど主要3社の池袋移転から6年が経過し、池袋と所沢の2拠点体制はほぼ定着したといえる。

全てのコメントを見る