「EV = 走るスマホ」という表現は正しいのか?――ネットの定番フレーズを“冗談半分”で検証してみた
EVは「走るスマホ」と呼ばれるが、産業構造や責任範囲はスマホとは大きく異なる。テスラとトヨタの戦略対比を通し、情報化と物理的制約の狭間で揺れるEV産業の実態を検証する。
比喩の限界

「EVは走るスマホ」という表現は、どちらも電子技術を基盤にしている点では一定の理解を助ける。しかし、産業構造そのものは同じではない。EVのスマホ化という比喩は、部分的にしか説明力を持たない。
IT業界でのガラケーからスマホへの移行経験をEVに当てはめる考え方には、判断を歪めかねない側面がある。この見方に固執すると、複雑な産業実態を簡略化してしまい、経営資源の配分を誤るリスクを抱えることになるだろう。
確かに、EVにはスマホと似た特徴があるのは否定できない。ただ、産業構造や責任範囲、資本回収の方法に至るまで、本質的に異なる点が多い。物理現象を極限まで制御しながら移動する乗り物の情報化は、アプリを動かすだけの行為とは性質が違う。
どこまでを同一視するかの判断は、企業戦略の重要な分岐点とも重なる。ここを見極められなければ、EVが持つ潜在的な拡張性や、物理空間で生まれる独自の価値を見失うことにもなりかねない。
ということで、EVとスマホをいくつかの観点から比較し、「走るスマホ」という表現がどれほど当てはまるかを、冗談半分、真面目半分で検証してみた。皆さんの暇つぶしになったなら幸いである。