名神高速60年「老朽化をチャンスに変える時」――累計32兆円の経済効果を次世代に再創造できるか?

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名神高速道路は1963年の初区間開通から62年、全線開通60年を迎え、総距離189.3kmで1日平均約25万台、累計47億台が利用した。沿道6府県の工業団地の約半数が名神沿線に集中し、累計約32兆円の経済波及効果を生み出してきた。物流、観光、災害対応と幅広く地域社会を支える一方、老朽化や維持費増加といった課題も顕在化。次の60年に向け、ネットワーク整備や最新技術の導入が運営の焦点となる。

名神開通と日本高速道路の夜明け

日本初の高速道路、名神(画像:都野塚也)
日本初の高速道路、名神(画像:都野塚也)

 日本初の高速道路である名神高速道路(以下、名神)。戦後、先進国で高速道路の整備が進む中、日本でも道路網の拡充が急務となった。1964(昭和39)年の東京オリンピック開催が決定すると、高速道路の整備は新幹線と並び、社会的に大きな期待を集めるようになった。

 初区間は1963年7月に開通した滋賀県の栗東インターチェンジ(IC)~兵庫県の尼崎ICである。名神の開通は日本の高速道路の幕開けを象徴する出来事だった。その後、名神は東名高速道路や中央自動車道が計画の遅れに苦しむなか、順調に開通区間を延ばしていく。1965年7月には愛知県の小牧IC~一宮ICが開通し、全線が完成した。

 2025年は初区間開通から62年、全線開通から60年となる。総距離189.3kmと主要路線に比べると短いが、1日平均約25万台が通行し、これまで累計約47億台が名神を利用してきた。NEXCO中日本・西日本の試算によれば、60年間で

「累計約32兆円」

の経済効果を生んだとされる。

 名神は日本の交通社会の発展に寄与しただけでなく、経済発展にも大きく貢献してきた。しかし、これまでの役割だけでなく、これからの未来に向けて新しい機能や求められる役割も生まれつつある。今後の展開や課題を、さまざまな角度から考察していく必要がある。

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