地方都市の区画はなぜ「江戸時代」のままなのか? 徳川家康が築いた名古屋城下から考える【連載】江戸モビリティーズのまなざし(8) 歌川広重「東海道五十三次 三島 朝霧」1833~1834年 葛飾北斎「東海道五十三次 絵本駅路鈴 箱根」 水野年方「三十六佳撰 遊山 享保頃婦人」。1893年 高橋松亭「お茶の水」。1909~1916年 葛飾北斎「東海道五十三次 絵本駅路鈴 沼津」 『天明以前名古屋図』。赤枠の部分が碁盤割の町人地(画像:名古屋市鶴舞中央図書館) 右上に江戸時代の名古屋城が描かれた図絵。『尾張名所図絵』(画像:国立国会図書館) 現在の名古屋。文中にある主だった施設を書き込んだ(画像:(C)Google) 大勢の人でにぎわう広小路筋。『尾張名所図絵』(画像:国立国会図書館) 関連記事 【Amazon ギフト券プレゼント】自動車DXサミットvol.4 見逃し配信中! (PR)アイティメディア/メディア・ヴァーグ なぜ「GWの大渋滞」は減ったのか? NEXCOデータが映す「一斉移動」の終焉 ハイウェイラジオ「42年の歴史に幕」 なぜ今“一斉放送”は役割を変えるのか? 自動運転時代へ進む「つながる道路」とは 「1km = 50億円」の時代はもう終わったのか? 「新名神」で積み上がる2285億円、なぜ最後に残る区間ほど負担は重くなるのか 「陸の孤島」が、いまや企業に選ばれる? 東九州道10年、1.6兆円で変わった物流・工場・地域経済の勢力図とは この画像の記事を読む