「陸の孤島」が、いまや企業に選ばれる? 東九州道10年、1.6兆円で変わった物流・工場・地域経済の勢力図とは

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東九州道の開通から10年。累計1.2億台が行き交い、1.6兆円の経済効果を生んだ一方で、物流や産業の勢力図も大きく変わった。地域を結ぶ「道」は、東九州の商いと競争の形をどう変えたのか。

眠れる地域を呼び覚ます新動脈

大分県別府市を通る東九州道(画像:写真AC)
大分県別府市を通る東九州道(画像:写真AC)

 各地で新しい高速道路の開通が相次いでいる――。

 1990年代までにおおむね主要な路線の整備が終わり、そこからは地域と地域をきめ細かく結ぶ計画へと移り変わってきた。九州に目を向けると、北九州市の門司インターチェンジ(IC)から鹿児島市の鹿児島ICまでをつなぐ九州自動車道が1971(昭和46)年に産声を上げ、1995(平成7)年には全線が開通している。これによって青森県から鹿児島県まで、およそ2170kmに及ぶ高速の道がつながった。

 この九州道と対をなす存在が、1989年に最初の区間が動き出した東九州自動車道(東九州道)だ。2026年5月現在もすべての道が完成したわけではないが、2003年に100km、2010年に200km、2014年には300kmとその距離を積み上げてきた。なかでも2016年6月に北九州市と宮崎市という二大拠点が一本の道で結ばれたことは、この地域の歴史において重みを持つ。2026年、あの開通から10年という節目を迎えた。

 振り返れば、この10年で東九州道を走った車はあわせて1.2億台にのぼる。2016年から2025年までの間に生まれた経済波及効果は、

「約1.6兆円」

という巨額なものになった。九州の東岸という、いわば地理的な端に位置していた場所が、高速網によって広い市場へ無理やり引きずり出された格好だ。

 移動の不自由さゆえに眠っていた地域の力が、一気に外へと流れ出した結果ともいえる。道がつながることは、地域の商圏を広げるだけではない。そこでの競争のあり方そのものを、土台から作り変えてしまう力があるのだ。

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