なぜ横浜・野毛は「若者が殺到する街」になったのか? オシャレ再開発はもうウンザリ? 築古物件が育む600軒の多様性が生んだ「街の若返り」経済学とは

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横浜・野毛地区は約600軒の飲食店がひしめき、来街者の約32%が20代以下と若年層に支持されている。低家賃と駅近の利便性が、個人店や実験的店舗の参入を促進。再開発エリアと異なる多様性を背景に、若者の都市消費行動の変化を支える構造的な若返りを実現している。

検証2「若年層の選択行動と財布の中身」

可処分所得のイメージ(画像:写真AC)
可処分所得のイメージ(画像:写真AC)

 野毛が事業者に選ばれる理由は、単純な家賃の安さだけでは説明できない複合的な要因が存在する。

 コロナ以降、日本の若年層の消費動向は大きく変化した。米国では過度な浪費による破滅的消費が広がる傾向にあるが、日本では逆に過度な節約志向が目立っている。特に東京圏の20代単身世帯における住居費(家賃 + 管理費等)の平均は月額約6万4000円と高く、可処分所得(個人や世帯が自由に使える手取りの所得)の2~3割以上を占める水準にある。携帯電話料金などを含めると、可処分所得は限られている。

 2023年4月、経済産業省が公表した資料「地域の包摂的成長-地域の活力が生み出す若者・女性の「希望」の回復と少子化社会の克服-」では、以下の点が指摘されている。

・東京都の中間層の世帯の実感的な可処分所得は低い
・東京圏の可処分時間は短い

特に際立つのは、若年層の可処分時間の短さだ。平日の1日あたり可処分時間は、北海道が778分、全国平均が749分であるのに対し、東京都は745分、神奈川県は738分と短い。

 こうした可処分所得と可処分時間の制約のもと、若年層は都市での消費行動を戦略的に最適化している。限られた時間と資金を最大限活用するため、移動コストや滞在コストを含む総コストを意識的に抑える行動様式が定着している。

 現代の若年層の都市選好は、

「限られたリソースを無駄にしたくない」

という合理的な判断に基づく積極的な選択的回避が基盤となっている。これが再開発エリアに多い設計された体験への違和感や、そこで求められる消費スタイルへの距離感につながっている。彼らにとって重要なのは、価格そのものよりも

・その空間に自分がいてよいという感覚
・居心地のよさ
・物語の余地

だ。計算されすぎ、洗練されすぎた空間では、行動の自由や偶発性がそぎ落とされ、限られたお金や時間を払うコストが感じにくい。一方、野毛のエリアはそうした余地を残しているように見える。つまり、野毛が安いからだけではなく、

「高くて意味のない場所に用がない」

という視点の転換こそが、若者が野毛に集まる理由である。

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