新型車が出ると、「やっぱり前のほうが良かった」と必ず言われる理由

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量産車のデザインは安全性やEV化対応でクリーン化が進む一方、ユーザーの感性とのズレが顕在化。先代モデルへの愛着と、新型の無個性化の狭間で失われる「物語性」の重要性を探る。

“炎上回避”が奪う造形の物語

「先代のほうが……」という感想は、スペックや価格といった要素とは異なり、もっと感覚的な領域にある。それは「その車らしさ」の喪失に対する反応であり、ユーザーのなかにあった「この車はこうあるべきだ」という暗黙の期待と、新型とのズレに対する戸惑いでもある。

 自動車は単なる移動手段ではない。所有者の記憶や価値観と結びついた存在である。とくに歴史を背負ったモデルでは、ユーザーが抱くイメージと新型の造形が大きく食い違うと、失望が一層強くなる。

 失われたものへの郷愁と、時代に合わせて整えられたクリーンな雰囲気への倦怠感が交錯し、「やはり前のほうがよかった」という感情が生まれる。ただ皮肉なことに、そうして主流になったクリーンなデザインが街にあふれたとき、かつて愛着を持たれていた古いデザインは、途端に古臭く見えてしまう。

 現在のクリーンなデザインは、どれも平均点以上の洗練を備えている。個性的なモデルにありがちだった「ダサい」とやゆされるリスクは少ない。一方で、アイコニックな特徴は薄れ、没個性的で記憶に残りにくい車が増えた。

 これは、無難さや最大公約数を求めた結果である。記号性や物語性といった情緒的要素が削がれたのだ。SNSでの反応が即座に可視化される時代にあって、企業は炎上しないことを優先し、より無難なデザインを選びやすくなっている。

 今風で整った一台が欲しいだけなら、それで十分だろう。どれを選んでも間違いはなく、センスを疑われる心配もない。しかしその代償として、強く惹かれる意味を持ったデザインは、今や絶滅危惧種となりつつある。

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