リニア中央新幹線だけじゃない! 80年代、横浜で「世界初」営業運転があった! なぜ短命に? 幻の技術と夢の跡
1989年、バブル景気の熱気が生んだ“もうひとつのリニア”が横浜に誕生していた。JALが主導した磁気浮上式車両「HSST」は、最短2034年に延期された中央新幹線よりも先に、世界初の営業運転を果たしていた。その技術と幻の空港アクセス計画を辿る。
成田空港アクセス改善を目指したHSST方式
JALが陸上交通システムの開発に乗り出した背景には、日本の航空業界が当時直面していた課題があった。当時、開港準備が進められていた新東京国際空港(現・成田国際空港)は、都心からの距離が約60kmと離れており、アクセスの不便さが大きな懸念事項とされていた。そこで、JALはHSST方式によるリニアモーターカーを活用し、東京~成田間の空港アクセスを含めた新交通システムの開発を模索したのだ。
1970年代後半、HSST方式によるリニアモーターカーの試験車両「HSST-01」が開発された。この車両は、流線型のデザインという点で旧国鉄の試験車両と共通していたが、航空会社らしい特徴として車体には2枚の垂直尾翼が取り付けられ、JALのシンボルだった鶴丸ロゴ(赤い円に白い鶴を描いたロゴ)が描かれていた。その未来的なフォルムは、空の技術を陸上交通に応用するという挑戦を象徴するものだった。
しかし、HSST方式による成田空港アクセス構想は実現していない。具体的な建設計画が進む前に、コスト面や採算性の問題が壁となり、計画は断念されたのである。