リニア中央新幹線だけじゃない! 80年代、横浜で「世界初」営業運転があった! なぜ短命に? 幻の技術と夢の跡
国鉄による技術開発と試験車両の公開
本題に入る前に、日本における磁気浮上式リニアモーターカーの開発の歴史を簡単に確認しておきたい。1970年代に子どもだった世代には、
「未来の乗り物!リニアモーターカー」
「新幹線より速い!」
と児童書や児童雑誌で紹介されたリニアモーターカーに胸を躍らせた記憶を持つ人も多いのではないだろうか。
日本におけるリニアモーターカーの研究は1962(昭和37)年に旧国鉄が着手し、東京~大阪間を約1時間で結ぶ超高速鉄道の実現を目指し、1970年代以降に技術開発が本格的に進められた。これが広く注目を集めるきっかけとなったのは、1970年に大阪で開催された「日本万国博覧会」(大阪万博)だった。
後年、この万博を振り返る際にはアメリカ館に展示された月の石や、お祭り広場にそびえた太陽の塔が話題に上がることが多い。しかし、日本館に展示された磁気浮上式リニアモーターカーの模型も見逃せない存在だった。新幹線0系よりも先端が尖り、全体的に流線型のデザインが特徴のその模型は、来場者を未来への期待で魅了した。
1970年7月発売の学習雑誌『4年の学習』(学研)には、上記模型のビジュアルとともに、アメリカ合衆国運輸省(USDOT)が開発中のリニアモーターカーのテスト車両の写真が掲載されている。また、当時はドイツでも同様の開発が進んでいたとされる。
1872(明治5)年に新橋~横浜間で日本初の鉄道が開業してからちょうど100周年を迎えた1972年、鉄道総合技術研究所で試験車両「ML100」が初めて公開された。この試験車両は、大阪万博で展示された模型と異なり客車をともなうデザインではなかったものの、流線型の車体と「JNR(日本国有鉄道)」のロゴが入った未来的な外観が特徴だった。「ML100」の映像は当時のテレビや雑誌で大きく取り上げられ、未来の高速鉄道に対する期待を一層高めることになった。