リニア中央新幹線だけじゃない! 80年代、横浜で「世界初」営業運転があった! なぜ短命に? 幻の技術と夢の跡
1989年、バブル景気の熱気が生んだ“もうひとつのリニア”が横浜に誕生していた。JALが主導した磁気浮上式車両「HSST」は、最短2034年に延期された中央新幹線よりも先に、世界初の営業運転を果たしていた。その技術と幻の空港アクセス計画を辿る。
HSST方式の継続と初の実用化

当初の計画は頓挫したものの、HSST方式の研究はその後も継続された。そして、乗客を乗せることが可能な試験車両「HSST-03」が開発された。この車両は、1985(昭和60)年3月から9月に茨城県で開催された「国際科学技術博覧会(つくば科学博)」で運行された。
会場内には約350mの専用直線軌道が設置され、来場者が浮上走行を実際に体験できる画期的な試みだった。ただし、このときの最高速度は約30km/hで、
「新幹線より早い未来の乗り物」
”というイメージとは異なっていた。それでも、「HSST-03」が人を乗せて走行したことは、磁気浮上式リニアモーターカーの実用化に向けた重要な一歩だった。そして、4年後の1989年には、HSST方式による営業運転がついに実現する。
1989年、つまり平成元年はバブル景気の絶頂期であり、日本各地で数多くの博覧会が開催される「博覧会ブーム」の真っ只中だった。この年、横浜市のみなとみらい地区を舞台とした「横浜博覧会(YES’89)」の会場で、HSST方式による営業運転が実現した。
この運行は、期間限定ながら世界初の磁気浮上式リニアモーターカーによる営業運転として歴史的な意義を持つものであった。会場内には約800mのループ状専用軌道が設置され、新たに開発された約20人乗りの「HSST-05」が最高速度42km/hで運行され、会期中には約126万人が利用した。これは単なる博覧会会場内の移動手段にとどまらず、未来の都市交通技術を実証する試みでもあった。