JAL・ANAの失敗、航空会社の「ホテル経営」はなぜ難しいのか? “放漫経営”と呼ばれた過去を検証する

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JALとANAは1980年代にホテル事業に進出したが、巨額の投資や放漫経営が原因で撤退した。特にJALは、エセックスハウスの取得で約200億円の損失を抱え、最終的に2010年に経営破綻。現在も残るブランド力は高く、航空会社がホテル運営のシナジー効果を生かせるかが注目される。

過大投資のツケとその損失

山崎豊子『沈まぬ太陽』(画像:新潮社)
山崎豊子『沈まぬ太陽』(画像:新潮社)

 JALとANAは1990年代以降、事業の縮小や経営権の譲渡に踏み切った。背景には、両社が過大な投資を行ったことが共通している。

 特に、1980年代から1990年代にかけてのJALのホテル事業は、バブル景気の影響で資金的な余裕があったにもかかわらず、財務的には無理のある投資案件が多く、当時から“放漫経営”との批判が絶えなかった。

 特に、前述のエセックスハウスのエピソードは、山崎豊子の小説『沈まぬ太陽』にも名前を変えて登場しており、多くの読者に知られているだろう。1984(昭和59)年に買収されたこのホテルの取得コストは

「1億7500万ドル」(当時のレートで約200億円)に達し、

「売却元であるマリオット社の言い値で購入したのではないか」

という批判が当時の調査報告書に記載された。エセックスハウスは、その後の改修に1億ドル以上を要し、日本航空の経営を圧迫した結果、1999(平成11)年に売却されることになった。

 JALグループはほかにも国内外に多くの大型ホテルを所有していたが、2000年までに約700億円の損失を抱えることになった。その後、ホテル資産の売却を進めて財務状態は改善したが、2010年には親会社のJALが経営破綻した。

 この時点ではJALホテルズの経営がJAL全体に影響を与えることはなくなっていた。とはいえ、小説にも描かれるほど有名になった「放漫経営の過去」と決別するために、ホテルオークラに売却し、日本航空はホテル運用から撤退した。

 一方、ANAも急激な海外展開が経営に大きな負担をかけ、2002年までにすべての海外ホテル事業から撤退した。国内でも2007年に13のホテル資産をモルガン・スタンレー証券に売却するなど、物件売却を進めた。また、2006年にはインターコンチネンタルホテルズグループ(IHG)と資本提携し、共同運営を行うなど、完全に撤退したわけではないが、経営の度合いは弱まっている。

 このような過大な投資による撤退は日本に限らず、前述の中国の海航集団もホテル買収で巨額の負債を抱え、2021年に経営破綻した。

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