JAL・ANAの失敗、航空会社の「ホテル経営」はなぜ難しいのか? “放漫経営”と呼ばれた過去を検証する
航空業界の宿泊戦略

航空会社の多角化戦略として、ホテル経営は古くから採用されてきた。
例えば、米国のパンアメリカン航空は1946年にインターコンチネンタルホテルグループを設立し、欧州、アジア、中東、アフリカに同社が運営するホテルを展開。国際線のチケットと一緒に販売してきた。
また、かつて大西洋線を中心に国際線を運航していたトランス・ワールド航空(2001年運行停止)は1967年にヒルトンインターナショナルを、ユナイテッド航空は1970年にウエスタンインターナショナルホテルを買収したこともある。
こうした米国の航空会社は、1980年代中頃までホテルブランドの設立や買収を進め、宿泊と航空券を組み合わせたビジネスモデルを展開していた。
欧州でも同様の戦略が取られており、エールフランスは1972年に「メリディアンホテル」を立ち上げた。このブランド名は東京にも存在していたため、多くの人になじみがあるだろう。しかし、1970年代後半から航空自由化の影響で、航空会社の経営はスリム化を目指し、ホテル事業は縮小傾向にあった。多くの航空会社がホテルを手放すことになった。
一方で、航空自由化で拡大した格安航空会社(LCC)のなかには、ホテル経営に乗り出す企業も存在する。欧州のイージージェットが展開する「イージーホテル(easyHotel)」や、マレーシアのエアアジアのグループ会社「チューンホテルズ(Tune Hotels)」がその代表例だ。
アジアでも、各地の航空会社がホテル事業に進出しており、特に経済規模が世界有数の日本や中国では、高級ホテルの買収などで注目を集める航空会社発祥のホテルチェーンが誕生している。
JALグループは1970(昭和45)年にホテル事業の子会社(日本航空開発、後のJALホテルズ)を設立し、本格的にホテル業に参入した。JALホテルグループは日本国内にとどまらず、欧米やアジアにも展開し、ニューヨークの高級ホテル「エセックスハウス」を買収するなどの攻勢を見せた。
一方、ANAグループもJALに遅れること3年の1973年にホテル事業を手がける子会社を設立し、1986年からは国際線展開に合わせてワシントンDC、シドニー、シンガポール、ハワイ、ウィーンなどに展開した。
中国の海南航空の親会社である海航集団は、2000年代から2010年代前半にかけて多くのホテルを傘下に持ち、一時は米国の大手ホテルチェーンであるラディソン・ホールディングスを子会社にするほどの規模を誇っていた。