「運転しかできないくせに」 タクシードライバーを平気で“職業差別”する人たちに欠けた現状認識力、彼らはエッセンシャルワーカーである

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タクシー運転手は過酷な労働環境で働いている。長時間労働と低賃金。十分な休日もない。にもかかわらず、彼らの社会的地位は高くない。インターネット上では、この職業を軽蔑する声さえ上がっている。

タクシー運転手の尊厳を守る訴え

タクシー(画像:写真AC)
タクシー(画像:写真AC)

 転機となったのは1999(平成11)年10月18日、タクシー運転手による強盗殺人事件の被害者遺族が会社に賠償を求めた民事訴訟の一審判決が京都地裁であったことだ。この裁判の判決文のなかで裁判官は

「タクシー乗務員の中には雲助まがいの者が多い」

と書き記し、法廷で読み上げた。この不用意な一文に、タクシー業界は猛反発した。労働組合・自交総連の京都府支部は、直ちに裁判所に抗議文を提出し、判決文からの当該表現の削除と、裁判官の謝罪を求めた。抗議文では、裁判官の認識を

「前近代的な偏見に満ちたもの」

と一刀両断。真面目に働く運転手への侮辱であり、断じて看過できないと訴えた。

 さらに、業界団体である全国自動車交通労働組合連合会(全自交労連)も記者会見を開き、この判決を

「運転手に対する差別意識の表れ」

であるとして強く非難する声明を発表。マスメディアでも、裁判官の差別的言動を批判する論調が広がっていった。

 さらには、東京のベテラン運転手が名誉毀損(きそん)で国を提訴する事態にまで発展した。原告の男性は、長年タクシー運転手として真面目に働いてきた者の名誉を裁判官が傷つけたとして、判決文から雲助表現の削除などを求めて訴訟を提起したのである。ここに至って雲助という言葉の差別性を看過してきた社会の感覚が、大きな転換点を迎えることになった。

 批判に対して、京都地裁は同年11月4日、異例の対応に踏み切る。判決の表現を巡って担当裁判官を口頭で注意するという処分を行い

「不適切な表現があったことを認め、この場を借りて、業界の方々に遺憾の意を表明したい」

と謝罪をしたのである。しかし、京都地裁の対応は、タクシー業界の反発を鎮めるには至らなかった。

 こうしたなか、翌2000年6月30日、大阪高裁で問題発端となった裁判の控訴審判決が下された。ここで裁判長は、一審判決の結論は支持するものの、雲助という不適切な表現を用いた判決理由については「全面的に書き直した」と明言したのだ。注目すべきは、裁判長が判決理由の読み上げに際して

「判決理由は全面的に書き直しました。詳しくは当審の判決を見ていただきたいが、要点を読み上げます」

と異例の言葉を口にしたことである。そのなかには雲助という言葉はなかった。

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