いくら何でも作り過ぎ? 大都市で「コインパーキング」が急増している根本原因

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近年、身近な投資対象としても注目を浴びているコインパーキング。そもそも、なぜコインパーキングはここまで急増したのだろうか。その背景を探る。

駐車場法制定の経緯

コインパーキング(画像:写真AC)
コインパーキング(画像:写真AC)

 昨今、東京や大阪といった都心部、地方都市の市街地ではコインパーキングが当たり前になっている。しかし、そうした生活スタイルが定着したのは平成に入ってからで、わずか30年弱にすぎない。そして、近年はコインパーキング業界にも新しい潮流が生まれようとしている。

 平成に時代が移るまで、市街地や繁華街の一部エリアを除けば駐車料は無料というのが一般的だった。それどころか、公然と路上駐車があふれていた。当時にも月極め駐車場のようなシステムは存在した。しかし、昨今のコインパーキングのように、時間貸しの概念は1957(昭和32)年に駐車場法が制定されたことから少しずつ芽生え始める。

 当時は少しずつマイカーが増え始め、それに伴い路上駐車が社会問題として俎上(そじょう)に登り始めた時期でもある。路上駐車は交通を阻害する要因で、行政・警察当局は交通の円滑化を目的として駐車場を確保するために同法を制定した。

 同法は、自動車交通が盛んなエリアに

・1:都市計画駐車場
・2:附置義務駐車場
・3:届出駐車場

の3種類の路外駐車場、および路上駐車場の整備促進を目的にしていた。

 同法が制定されると、翌年には道路上にコインパーキング開設され、歩道にはパーキングメーターが設置された。これは道路外の駐車場が十分に確保されるまでには時間がかかることを踏まえた経過処置といえるが、パーキングメーターの登場によって駐車料金を払うという習慣を浸透させる作用をもたらしていく。

 駐車場法の制定後、当局は経済成長による物流量の増大を見据え、1959年に大型貨物自動車やバスを対象にした自動車ターミナル法を制定している。自動車ターミナル法は大型貨物やバスの駐車スペースを道路以外に設ける趣旨が盛り込まれていた。さらに、1962年には青空駐車を撲滅するべく、車庫法が制定。これにより、自動車の保有には車庫証明が必要になった。

 これら自動車と駐車場に関連する法整備が進められていく流れのなかで、官民による駐車場が開設されていった。民間は主に駅前に駐車場を開設したが、行政は駐車場というスペースの確保に難渋した。

 そうしたなか、日本道路公団が1960年に東京・日比谷公園の地下に日比谷自動車駐車場を開設。大阪では1963年に長堀川を埋め立てて空間を創出し、その地上部と地下部に駐車場が開設された。