銀座の上を走る「東京高速道路」の謎! なぜ建設時に境界線が引かれなかったのか
東京の七不思議

当時、都政新報社から
・東京の七不思議 裏から見た都政(1955年)
・東京の七不思議 保守都政13年の内幕!
の2冊のパンフレットが発行されている。これらによれば、七不思議は次のものだ。
・三十間堀の三原橋下を東京都観光協会(会長 = 安井都知事)に使用許可したが、実際には観光協会から委託を受けた新東京観光株式会社が映画館やパチンコ屋を経営。同社の社長は東京都の元助役であった
・東京駅八重洲口の外濠を埋め立てて駅前広場を造成するはずが、なぜかデパートなどの入る鉄道会館や国際観光会館が建った
・漁業基地目的で月島沖(現豊海)を埋め立てたところ土地を大手水産企業のみに提供したこと
・駒澤野球場(現在のオリンピック公園内に所在)の土地8000坪を年わずか40万円で東急に貸したこと
・銀座の東京都中小企業会館建設のために、一度は払い下げた都有地を再度売却額より高値で購入したこと
・大手町の産業会館(東京都立産業会館大手町館)の建設にあたり土地を払い下げた上で建設費を出資、さらにビルの一部を都が借り受ける不可解な契約を結んだこと
・世田谷区砧の東京都市計画緑地が民間ゴルフ場に貸し出されていること。
東京高速道路は両方のパンフレットで扱われている。そこでは、同社の常務取締役が安井都知事の娘婿である大平里雄氏であることも明らかにされている(大平氏は後に社長に就任)。
ふたつのパンフレットが取り上げた七不思議には違いがあるので、不思議は七つ以上存在する。いずれにせよ、当時の東京都庁に数々の疑惑が渦巻いていたことは事実である。
そんななか、安井都知事は外濠川を埋め立てに変更する議案を都議会に提出し、押し切った。ただ、議事録を見ると、議会は極めて混乱していたことがわかる。都議の発言を拾ってみよう。
「要するに高速度道路という路面から遙かに高いところに一つの自動車道路ができる。会社の意図するところは都民の足のために犠牲的な仕事をするのではなく、狙うところはまさにその倉庫に対する賃貸料であります。おそらく莫大な利潤がそこに出て来ることは火を見るより明らかな事実である」(大門義雄都議〈社会党〉、1954年5月25日都議会第5回臨時会)
当時から、東京高速道路建設の目的は交通渋滞の緩和ではなく、銀座に隣接する一等地にビルを建てて不動産賃貸でもうけることだと広く認識されていたことがわかる。さらに、東京都が埋め立ての工事委託料として2億1000万円を東京高速道路に支払うことになっていたことも批判の対象となった。