「線路侵入」「路上駐車」 ネットで嫌われまくる“撮り鉄”がイメージ回復にやるべきこととは
立ち入り禁止の鉄道用地に侵入してカメラを構えたり、撮影に邪魔だからと樹木を勝手に伐採したり、「撮り鉄」の評判がとても悪い。今回はどうすれば鉄道撮影を「社会的で持続的な存在」にできるか、考える。
そもそも撮影とは何かを考える

このことを、別の角度から見てみよう。写真撮影を
「創作行為」
という観点から捉えるならば、オリジナリティーに欠けるといえないだろうか。
もちろん、線路の立地条件や列車の運行時刻、光線の向き、季節などを勘案すれば、撮影場所はごく限られる。「いい場所」はめったにないから、人が集中するのは仕方ない面もある。引退が迫った車両など、珍しい存在を特定の路線に追い掛けたくなる心理もよくわかる。
しかし、それらを踏まえてもなお、オリジナリティーある作品を残すことは十分可能だ。それには、鉄道の知識に加えて、写真の知識が欠かせない。どうすればいい写真が撮れるか、という作例の「手札」を自分のなかにいくつも持っておくことだ。その作例とは、鉄道写真に限らない。構図や露出の巧みさはむしろ、鉄道以外のジャンルの写真も参考になる。
発表の仕方も考え直したい。SNSは耳目を集め、同じ趣味の人たちとつながる契機になる一方で、作品が短時間で消費されてしまう面もある。独自性のある作品がまねされることの繰り返しなのだ。
写真という表現方法は本来、
「長い時間に耐えうるもの」
である。傑作を後世に残すためにも、より落ち着いた環境で観賞できるような発表方法を模索してはどうだろうか。