物流を破壊する「送料無料」 消費者の“当たり前”は業者の犠牲でできている、政府はすぐに表記を是正せよ
現場ドライバーの強い反発

「送料は無料じゃないですよ。私たちはお金をいただいて運んでいます。それなのに、まるで宅配ドライバーはタダで物を運んでいるみたいじゃないですか」
主に個人配達を請け負う宅配ドライバー(40代、東京都)の意見は、もっともだ。思えば「送料無料」という言葉、たいていの企業は顧客に対して当たり前に表示しているし、顧客側も当たり前にそれを受け取っている。検索で送料無料と入れれば日本の名だたる企業、特にECサイト(ネットショップ、ネット通販)と加盟店舗の多くは送料無料をうたっている。
「ということは、その無料って誰かがかぶっているわけですよ。それはお店側かもしれないし、宅配業者かもしれない、末端のドライバーかもしれない、お客にとって聞こえはいいかもしれませんが、“誰かの犠牲”で無料は成り立っているんです」
言葉遊びではまったくなく、こうした言葉が定着することが社会に悪影響を与えることもある。有名なところでは「お客さまは神様です」だろうか。元々はお客さまを第一に考えるという商売をする側の心構えだったものが、いつのまにか客の側からの「お客さまは神様だろ」になった。時に「神様だからいうことを聞け」「神様だからなんとかしろ」と客が要求するための言葉になってしまった。
さて、この送料無料という言葉に対する現場ドライバーの反発は強い。
「自分の仕事が無料みたいに思われるのは嫌ですね」(埼玉県、40代)
「送料は無料ではないです。いっそ「送料ドライバー負担」とか「送料宅配業者負担」と表記してほしいくらいです」(東京都、30代)
「それぞれ事情にもよるのでしょうが、せめて「送料弊社負担」ではないでしょうか」(東京都、50代)
実はこの送料無料、かつて政府として使わないようしてはと提案したことがある。2014年に当時の経済産業省、同省審議官の発言として
「(送料無料は)消費者が物流コストを正しく認識しづらい」
と指摘、日本通信販売協会に送料無料ではなく送料弊社負担にしてほしいと呼びかけた。しかし「あくまで協力のお願い」だったからか、聞き入れる通販会社はほとんどなかったようで、いまも送料無料は使われ続けている。というかネットで検索しただけでもほぼすべて送料無料表記で、送料弊社負担はごくわずかだ。